第一章 幻想飛翼 Level_Changer.

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 お昼休み。

 それは午前中の授業や仕事から解放され、午後に向けて英気を養う至高の時間。

 誰かと食事をしながら話す事で情報収集ができたりもするのだが、それは学生であっても同様である。

初春ういはる! 新しい都市伝説の情報があるんだけど、知りたくないかい!?」

 長い黒髪を振り乱しながら、少女は机の向こうに座る友人に問いかける。

 対して、まるで花瓶でも載せたかに見えるほど大量の花飾りを髪につけた友人、初春ういはるかざはやれやれといった様子で息を吐くと、

「――はいはい。聞いてあげますから、まずは座って下さい、てんさん」

 素気ない友人の態度に、てんるいは少し不満げな表情を浮かべながらも、大人しく席に座りなおした。そして、箸を持った手をぐるぐると回しながら、

「ノリが悪いぞー、初春。都市伝説って聞いてときめかないかなぁ、普通」

「その普通はどうかと思いますよ……。それで、今回はどんなお話なんですか?」

 弁当をつつきながら初春が尋ねると、佐天は箸をぐっと握り、

「聞いたら絶対驚くよー! 今回も超すっごいんだから!」

 言って、彼女はポケットから携帯電話を取り出し、初春の前に突き出す。

幻想レベル――飛翼チエンジヤー……?」

 画面上に表示された文字をただ読んでみた初春だったが、詳しい説明を読む前に携帯電話は引っ込められてしまった。

「そう! 『幻想飛翼レベルチエンジヤー』! 何となんと、能力者の強度レベルを自由自在に書き換えられるんだって!すごくない!?」

 佐天のテンションは最高潮に達していたが、対して初春は冷めたものだった。またもため息をつき、

「佐天さん……、世の中にそんな都合の良いものなんて存在しないんですよ? 絶対もうかる金融取引だとか、絶対安全なセキュリティシステムだとか、飲むだけで胸が大きくなるなんてものはないんですよ」

「これまでだって都市伝説が本当だったりしたじゃん! 今回だって――」

「百歩譲って本当だとしましょう。まあ、超能力の開発は日夜行われている訳ですし、どこかでそういう研究が行われていて、実用化も見えるようになってきたのかもしれません――けど、忘れた訳じゃありませんよね、『幻想御手レベルアツパー』の事――」

『幻想御手』という言葉に、てんは思わずたじろいだ。

 七月に起こった『幻想御手』事件。

 能力者による脳波ネットワークを作成し、接続している能力者はその高度な演算処理を利用して、能力の強度を上げる事ができるものだった。

 だが一方で、個人差を無視した脳波を受け続ける事で脳が疲弊し、最終的に意識不明にいたってしまうという欠点があり、何人もの学生がその被害を受けていた。被害者には佐天自身も含まれていた。

 佐天涙子は無能力者レベル0だ。

 能力がそのまま自分の地位になってしまうこの街では、無能力者達の立場はとても弱い。学校で能力開発の授業カリキユラムは受けるものの、それで能力が発現する可能性はお世辞にも高いとは言えない。人によっては、諦めてスキルアウトといった不良グループに入ってしまう人間もいる。だが、諦めきれない人間はそれこそ都市伝説にでもすがるしかない。

 ゆえに、佐天は『幻想御手』に手を出してしまった。

 最初は都市伝説として探し始めた『幻想御手』だったが、彼女は本物を手に入れてしまった。それによって一時能力を使えたものの、その代償として彼女もまた意識不明の状態になってしまったのだった。

 初春ういはる常盤台ときわだい女子の『超電磁砲レールガンさかことしらくろといった友人達の尽力により事件は解決し、佐天は今もこうして楽しくお喋りをする事ができていた。

 本来であれば重々反省して大人しくなるようものだが――、

「わ、忘れてないよっ!? でも今回の都市伝説も、また何か大きな事件に結びつくかもしれないし気になるじゃない!」

 噂好きの性分のせいか、佐天は今も都市伝説を追い続けている。

 人の趣味を止めるのもどうかという思いと、彼女が見つけてきた都市伝説を調べる事で様々な事件へと結びつき、事件を解決してきたという実績もあるせいで、積極的に止めさせられないのが、初春の頭痛の種だった。

「まあまあ、心配しなくても大丈夫だよ。今度はちゃんと初春達に確認取ってから使うからさ!」

「いや、そういう問題じゃないんですけど……」

 佐天がまた大きな事件に巻き込まれないかとても不安になる初春だったが、満面の笑顔で弁当に箸を伸ばす彼女を見て、それ以上何も言えなかった。

(今日のご飯の消化はとても悪そうですね……)

 佐天とは対照的に、初春の箸の動きは鈍るばかりだった――。



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