『コード・レッド コード・レッド ヒケンタイ ガ ボウソウ シマシタ カクヘキ ヲ ヘイサ ショイン ハ ショテイ ノ タイオウ ヲ オネガイイタシマス――』
非常警報がけたたましく鳴り、合間に機械音声が現在の状況を告げる。窓のない無機質な廊下は今、異常を知らせる赤い明かりに染まっている。そんな中を
「くそっ! 俺が当直の日に問題なんか起こすんじゃねえよ! 問題起こすならクソ上司の時にしやがれってんだ!」
彼の手にはショットガンが握られている。本来の用途であればれっきとした凶器だが、中に装填されているのは制圧用のゴム弾だ。暴走しているとはいえ、大事な実験サンプルを
「暴走した能力者相手にそんな悠長でいいのか、って思っちまうよなぁ。まあ、これまでこれを使うなんて事にはなっちゃいねえけどよ……」
暴走した能力者への対処は、まずガスを使って能力者を気絶させる。いくら能力者が強力な能力を持っていたとしても、呼吸をしない能力者は存在しない。よって、『
だが、実験室が近づくほどに、彼は違和感を覚えていた。ここで行っている研究がどんなものかは知らないが、能力者の暴走というのは、ここでは良くある事だった。どれだけ非人道的な事をやっているのか、知りたいと思わない事もないが、知ったところでという気持ちと、知ってしまったら自分自身に危険が及んでしまうという恐怖があった。
この研究所は、学園都市の『闇』の一部。
こんな所で警備員をする羽目になったのは、彼にも色々理由があるのだが、一度『闇』に落ちてしまった以上、生き残る為には『知らない事』が重要だと彼は認識していた。
そんな事情はともかくとして、
「人っ子一人出てきやしねぇ。どうなってやがる……」
いつもと違う空気に、ショットガンを握る手に汗が浮かぶ。警戒を厳にし、彼は
次の瞬間、異変が
重しが乗ったかのように肩が重くなったと思うと、全身に謎の重さがかかった。上からの圧力にバランスを崩し、彼は床を滑るようにこけてしまう。
「っでえっ!」
顔から滑り込んでしまった為、痛みから思わず声を上げてしまう。
「ぐっそ、何なんだよ、これ……!」
立ち上がろうと腕を動かそうとするが、腕全体に重さがかかっているせいで、床にへばりついたかのように動かない。こけた時にショットガンを体と床の間に挟んだせいで、腹部にショットガンの突起が食い込んで痛みを増幅させていた。
「ぢょっど待で、さすがにごれ気持ち悪い……」
みの虫のようにもぞもぞと体を動かして体をショットガンから外そうとするが上手くいかない。だが、そんな中でやっと顔を上げる事ができた。
目の前にはいつもと変わらない廊下が見て取れた。非常ランプの赤い光は出ているが、施設が壊れている様子はない。
ただ一つ。自分の目がおかしいのかと思ってしまうほどに。
――目の前の空間が歪んで見えた。
まるで
そして、そんな歪んだ景色の中に、影が見えた。
ぼやけた視界の中でその影は少しずつこちらに近づいてくる。ゆらゆらと揺れる影もまた赤い光に染まっているが、着ている服はどこかの学校の制服のようだ。背格好は自分よりも低い。中学生ぐらいの子どもだろうか。
「お、おい、助けてく、れ」
誰かが助けに来てくれたのかと思い、警備員は影に声をかける。
だが、影が近づいてくるほどに、視界はさらに
そんな恐怖が彼の脳裏を支配していく。
「い、嫌だ、死にだぐない……!」
絞り出すように声を出すが、影は歩みを止める事なく近づいてくる。
目の前から来る影が、今起こっている事象を生み出しているのではないか。
思考を帰着させる事ができた彼だったが、そのすぐ後に彼の意識は落ちてしまった――。