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 寮内の廊下を、一人の女性が歩いている。

 すらりとした体に紺色のレディーススーツをピシッと着こなし、顔もまた整っている。それだけならば、街中を歩いていれば男が振り向くほどだ。だが、かけられた鋭角三角形のような眼鏡と、切れ長の目から発せられる鋭い視線が様々なプラス要素を打ち消し、周囲にはきつい印象しか与えていない。

 そんな彼女が向こうから来る事を、廊下で立ち止まり喋っていた寮生が目に止めると、慌てて朝の挨拶をする。

「寮監、おはようございます」

「おはよう。まもなく集合時間だ。急ぐように」

 すれ違いざまに、女性は素っ気なく挨拶を返し、そのまま廊下を進む。

 彼女こそ、常盤台中学学生寮に君臨する、鬼の寮監、その人である。

 能力を持たない人間でありながらも、大能力者数名を簡単にねじ伏せたという伝説を聞けば、その実力を測る事ができるだろう。

 現在の時刻は午前七時過ぎ。

 常盤台学生寮の生活は、午前七時には起床し、午前七時半には食堂に集合して点呼を受ける事になっている。

 お嬢様学校である常盤台中学では、そのようなルールをちゃんと守る生徒が多いのだが、それでも時折、守らない生徒がいる。

 そんな生徒を取り締まる為に、寮監は朝から見回りをしているのだった。

 しかしながら、今日の朝はまだ食堂に行っていない寮生が幾人かいるだけで、特に問題が起こっている事もない。時間が穏やかに過ぎる清々しい朝になるかと、寮監がふと考えたその時――目前の部屋のドアが廊下に向かって吹っ飛んだ。

「ちょっと黒子! 私の下着返しなさいよ!」

 崩れ落ちた部屋の入口だった所から、茶髪の少女、御坂美琴みさかみことがパジャマ姿のまま姿を現した。その表情は怒りに満ちており、それが現出しているのか彼女の周囲には火花が盛大に散っている。

 そんな美琴が凝視する先には、いつの間に現れたのか、ツインテールの少女、美琴のルームメイトである白井黒子しらいくろこが立っていた。

「いくらお姉様の頼みとはいえ、聞けるものと聞けないものがありますわ。何です、この子供趣味なお召し物は……。常盤台にその人ありと言われるお姉様がこんなみすぼらしい物履いているなんて知れたら、大問題ですわ」

 手に持つカエルがプリントされた下着をひらひらと揺らしながら、白井は呆れ顔で呟く。

「人の趣味なんだから、とやかく言うんじゃないわよ! てか、本当に早く返しなさいよ! こんな所、寮監に見つかったら――ヒッ!」

 さらに怒りを強め、白井に詰め寄ろうとしていた美琴だったが、白井の向こうに立つ人物を見て咄嗟に息を飲み、ヘビに睨まれたカエルのように立ち尽くした。

 だが、白井はそんな美琴の様子に気付かなかったのか、飄々とした様子で、

「何を言っているんですの、お姉様。普段の見回りルートを考えれば、今ここに寮監がいる訳が――」

「――そうか。気分転換にルートを変えたのは正解だったようだな」

 言って、寮監は白井の首根っこを掴む。突然頭がロックされた事に驚き、白井は自分の首を掴む人物を見ようと首を捻ろうとするが、固定された頭は動かなかった為、視線で寮監を認識し、驚愕は恐怖へと変わった。

「こ、これは、寮監様! おはようございます! このような時間に来られるなんて珍し――」

「やかましい」

 言い訳を始めようとする白井の出鼻を、寮監は刹那の技で文字通り折った。厳密には鼻ではなく首ではあるが、これまで幾人もの寮生を屠ってきた必殺の一撃は、白井の意識を失わせるには十分で、寮監が手を離すと、白井の体は力なく廊下へ倒れ伏した。

「黒子ぉっ!!」

 さっきまでの激情がかき消えた美琴が悲痛な叫びをかけるものの、白井は沈黙したまま。そして美琴の目の前には、修羅の形相の寮監が立っていた。

「……御坂。寮内での能力の使用は禁ずるという寮則を忘れたか?」

「めめ、滅相もありません! そんな私が――」

「ダメだな。反省というものが見られない――」

 有無を言わさず、寮監による処刑は超能力者である美琴にも区別なく執行された――。



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