オルソラに着せ替え人形のように遊ばれた神裂は、憔悴しきった顔でイギリス清教女子寮に戻って来ていた。

 一緒に帰ってきたオルソラは満足しきった顔で、自室へとさっさと戻っていってしまっている。

「……こんな事なら、最初から部屋でゆっくりしていればよかった……」

 数時間前の自分の安返事を呪いながら、神裂は自室へと向かおうと足を向けたところで、

「あ、神裂さん。おかえりなさい」

 神裂が声のした方に向くと、そこにはチューブチョコを口に加えたシスター・アンジェレネが立っていた。

「ただいま、シスター・アンジェレネ。……ところで、また甘い物を食べているのですか? シスター・ルチアに見つかったら怒られますよ」

「大丈夫。シスター・ルチアは今、祈祷の為に礼拝堂に行ってるから当分は戻ってきません」

「いや、祈祷の時間なら、あなたも行かなくてはいけないのでは……」

 神裂が冷静なツッコミを入れるが、アンジェレネは聞こえていないかのように顔を背けてスルーし、そこで何か思い出したのか、神裂に再度顔を向けた。

「そういえば神裂さんに荷物が届いてましたよ?」

「荷物? 誰からかわかりますか?」

 神裂が怪訝そうに尋ねると、アンジェレネは頭に手を当てて『うーん』と唸ると、

「確か……土御門さんだったと思います」

 アンジェレネの答えに、神裂の顔が一瞬で曇った。

 神裂にとって、その名前は聞きたくない名前だった。特に今のように疲れている時には。

 ――が、来てしまったのでは仕方ない。あらぬ憶測が飛び交う前に対処するのがベストだと考え、神裂は気持ちを切り替えた。

「……それで、その箱には他に何か書いてありましたか?」

「そうですねー。確か……オセーボ、と書いてあったと思います」

「お歳暮? まだ早い気もしますが……」

 季節外れのお歳暮に神裂は一人頭を捻るが、アンジェレネはというと、神裂の周りでピョンピョン飛び跳ねながら、

「オセーボって何ですか? 何か美味しい物ですか? も、もし何か美味しい物なら分けて欲しいですっ! あ、でもっ、この前のウーメボシとかいうのはもういりませんからねっ! 甘い物! 甘い物ならどんと来いです!」

「何であの男がお歳暮……。そこはかとなく嫌な予感しかしませんが……」

 アンジェレネは懸命に神裂にアピールするが、神裂は土御門からのお歳暮の意図を測りかね、聞いていない。それでも何とか分け前を得るために、アンジェレネは未だに跳ね回っている。が、そこに、

「シスター、アンジェレネーッ!!」

「げっ! シスター・ルチア! 神裂さん! 甘い物なら、後で! 後で必ず分けて下さいねー!」

 一瞬逡巡したようだったが、ルチアに捕まる訳に行かず、アンジェレネは捨て台詞の残して走り去っていった。

 遅れて、ルチアが「むわぁああてえぇぇー!」と、どこかの怪談話にでも出そうなぐらいの形相と叫び声を発しながら、神裂の前を通り過ぎていった。

 と、そこでやっと今の騒ぎに気付いたのか、神裂が顔を上げた。

 既にアンジェレネの姿は目の前になく、追いかけっこを始めたアンジェレネとルチアの姿を見送るのみだった。

「全く……本当に彼女達はローマ正教の戦闘部隊、アニェーゼ部隊の一員なのでしょうか……」

 女子寮のあまりの平和っぷりに、神裂は呆れて溜息を一つついてから、足早に自室へと向かった。

 ロクな物が入っていないとは思うのだが、わざわざお歳暮と書いて送って来たのだ。もしかしたら何か重要な品かも知れない。
不安と生来の生真面目さが入り混じる事で、神裂の歩みは速められていた。

 そして、それほどかからない内に自室に到着。

 自室に入ると、机の上にわかりやすく箱が一つ置かれていた。

「これが、土御門からの荷物ですか――」

 箱に貼られた配達表を見てみると、確かに宛先人は神裂となっており、差出人には土御門元春と書かれていた。そして、気になる中身の欄には『お歳暮』とだけ記されていた。

「本当にお歳暮、ですか……。全く何が入っているのやら……」

 恐るおそる神裂は箱を持ち上げた。力はほとんど入れずに持ち上げられたので、重さは一キロもないだろう。

 神裂は耳元に箱を持っていくと、それを小刻みに揺らして、音で中身を確かめるようとする。だが、軽く音がするだけで、中が何かを判別はできなかった。

「……軽くて音もほとんどしない。ということは、お歳暮の定番、食料品の類ではなさそうですね。ま、あいつがそんな物を贈るとも思えませんが」

 箱をもう一度机の上に置き、神裂は首を捻りながら中身が何なのかを考えた。

 食料品以外のお歳暮は色々あるが、しかしこれほど軽いというのはそうある物ではない。
それを考えるとかなり絞れそうではあるのだが、神裂の頭では、これ、という物は浮かばなかった。

「……ま、開けてみればわかる事ですね。さすがに、仲間に危害を加えるようなトラップを仕掛ける人間ではないですよね」

 仕事の仲間としてはそれなりに土御門を信用している神裂だったが、今の言葉はまるで自分に言い聞かすようだった。
危害を加える事は無くても、ビックリ箱ぐらいならあるかも、というのが本心だった。

 神裂は慎重に箱の包み紙を外していく。丁寧に包み紙を破くと、無地の箱が現れた。無地の為、箱からは何が入っているかの手がかりは得られない。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか――」

 意を決して、神裂は箱の蓋に手をかけ、一気にそれを上げた。

 開け放たれた箱に入っていた物は、鬼や蛇でなければ、爆弾や魔術などが仕掛けられている事もなかった。

 だが、それは神裂にとって、それら以上のダメージを与える物だった。

 ダメージが行くのは、肉体にはではなく、精神に。

 振り下ろされた神裂の拳が机を砕くぐらいに、クリティカルヒットを与えるものだった――。



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