第一章 守護者と襲撃者 The_Hanged_Man.



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 国際展示場が数多く並び、学園都市の外交の主役となっている第三学区。

 その中のとある高級ホテルに、一人の女が宿泊していた。

 長い金髪に整った顔立ち、優れたプロポーション。ハリウッド女優かと思うような容姿をした彼女は、この部屋で一人になるまで、外でもホテル内でも男達の視線を集めまくっていた。

 そんな彼女は今、バスローブを身にまとい、ソファに腰掛けてリラックスしていた。

 すると、テーブルに置かれた携帯電話が突然震え始めたので、彼女はすぐにその電話に出た。

「もしもし?」

『――俺だ』

 短く告げられた返事に、彼女は眉をひそませると、

「……俺なんて人は知りませーん。今時オレオレ詐欺なんかには引っかかりませんからねー。それではー」

 彼女が通話ボタンを押して切ろうとした所で、スピーカーから慌てた男の声が響いてきた。

『待て待て待て! 俺だ! スパイクだ! てかオレオレ詐欺って何だ!?』

「何だ、スパイクか」

 名前を聞いて、彼女はつまらなそうに呟く。

「何の用、スパイク。それにしてもアナタ、オレオレ詐欺も知らないの?」

『知らねぇよ! 詐欺の一種なのは分かるが、どういう物なのか検討もつかん』

「日本で流行ってた詐欺らしいわ。電話の最初の一言が『オレオレ』らしいわ。何かそれだけでお金振り込んでもらえるんだって」

「そんな手法で騙されるのか……。日本人というのはお人好しだと聞いたが、筋金入りのようだな」

「そうねぇ。ま、そこが日本人の美徳なんでしょうけど。――それより、電話してくるって事は仕事の話でしょ?」

 彼女の言葉に、スパイクという相手の男は用件を思い出したのか、言葉を発しようとする。しかし、あ、と短く言った後、口をつぐんだ。

 そんなスパイクの様子をいぶかしみ、彼女は問いかける。

「どうしたの? わざわざ電話してきたんだから、成果が上がったんでしょうね?」

 再度の問いかけに、スパイクは反応を返さない。返ってくるのは無言のみだった。

 何も言おうとしない男に焦(じ)れたのか、彼女はし殺した声で、

「さっさと報告しなさい、スパイク。掃除屋のアナタが味方に討たれるなんてお笑い草になりたいの?」

 女の恫喝(どうかつ)にスパイクは観念したのか、静かに話し始める。

『……一回目のアタックは失敗した。参加した三人は全員確保されて秘密を喋ろうとしたので、こちらで始末した』

 やっと告げられたスパイクの報告を聞き、女はテーブルに置かれているワイングラスを手に取り、注がれたワインを少し飲んでから、口を開いた。

「――そう。連中もさすがにやるわね。でもスパイク? こっちは秘蔵っ子まで出してサポートしてあげたのよ? それで成果なしは酷いんじゃない?」

『分かっている。完全に俺のミスだ。あいつらがあんなに使えないとは思わなかったし、学園都市の連中があそこまでこちらの動きを知っているとも思わなかった』

 スパイクが苦々しげに呟くのが聞こえる。

 女はその声に軽く笑みを浮かべながら、

「ま、そうでもないとこちらの仕事がなくなるわ。まぁ、そっちはそっちでアタックを続けてちょうだい。こちらも明日から動くわ」

『了解した。それじゃあな、クリス』

「えぇ、おやすみなさい、スパイク」

 電話が切られたのを確認し、クリスは携帯電話をまたテーブルへと置き、テーブルの脇に置かれていたカードを目の前に置いた。
そのカードの裏に描かれた模様は、夕方打ち止めを占った占い師と同じ物のようだ。

 クリスはグラスに残ったワインを飲み干し、カードの山に手を添える。

「……さて。あの子ほど正確ではないけれど、明日はどういう日か、ちょっと占ってみようかしら――」



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