御坂が働き始めてから1週間。
ここ1週間の働きぶりはというと、お嬢様学校に通っている経験を遺憾なく発揮し、接客はほぼ完璧。営業スマイルもお手の物。盗撮魔やナンパ野郎を見つければ、すぐさま電撃でぶちのめす。今や御坂は、店の一員として立派に働いているのだった。
しかし、この
つまり、今日が遂にただ働きの最終日である。
客入りも落ち着いた時間。御坂と小巻は店内の様子を伺いながらではあるが、今は店の奥で喋っているぐらいの暇があった。
「御坂さんかなりこのバイト慣れてきましたよね。店長との約束は今日までみたいですけど、せっかくだし、このままバイト続けてみませんか?」
「冗談言わないでよ。アルバイト、特にタダ働きなんてもうまっぴら」
「そう? 御坂さん、ちゃんと働けてるし、しかもかわいいんですから、店長に交渉したらいい待遇で雇ってもらえると思いますよ?」
「ありがと。でも本当に勘弁だわ。四六時中作り笑顔浮かべるのはもう疲れた」
御坂が苦笑しながらそう返すと、「すみませーん、注文お願いしますー」と、客の呼ぶ声が聞こえた。
「あ、行かないと――」
「私が行くわ。小巻さんは休憩してて」
「え、でも……」
「いいからいいから」
御坂は渋る小巻を手で制すと、すぐに呼ばれたテーブルへと向かい、営業スマイルを座っている客に振りまく。
「お待たせいたしました。ご注文をお伺いします――って、アンタは!」
「――ん? あれ、御坂?」
こんな所で一番会いたくなかった人間の姿を見つけて、御坂は驚きのあまり大声で叫ぶと、後ろに大きく後ずさった。
突然の大声に、何事かと思ってメニューから顔を上げたのは、学校帰りというのが丸わかりの、学ランを着た上条当麻だった。
「な、何でアンタがこの店に来てるのよ!」
御坂は顔を赤らめるながら、上条に食って掛かった。突然罵られて一瞬呆気に取られていたが、上条も負けてはいない。
「そ、それはこっちの台詞だ! 俺は客として来てるんだから、何も問題無いだろ? どっちかと言うと、お前がここで働いてるって方がおかしいじゃねえか!」
上条の正論に御坂は答えに詰まったが、
「う、うるさいっ! 何ならここで決着つけてやろうか!?」
「ちょ、何でそういう話になるんだよ!」
口論は白熱していくが、その様子を冷ややかな目で見ている姿が、上条の隣にあった。
「――まーたフラグゲッターカミやんの痴話喧嘩のようですぜい、青髪さん。全くやんなるにゃー」
「しゃーないしゃーない。カミやんは不幸属性持ちって言うけど、その実主人公属性なんやて。フラグ選択をミスらんかったら、ハーレムエンドもあるかも知れへんで」
「ハーレム……羨ましい響きだにゃー。でもハーレムエンドって、ヒロインを全部攻略し終わってないと、ルートにいかなくね?」
「ま、結局は
上条と揃いの学ランを着た土御門元春と青髪ピアスは、上条と御坂の口喧嘩を傍目に見ながら、勝手に話をしていた。
しかし、救いの手が欲しい上条が、そんな二人を放っておくわけがない。上条は隣に座っている土御門に泣きついた。
「土御門ー、青髪ー、二人で楽しそうに話してないで助けてくれよー。無茶苦茶過ぎてどうしようもないってー……」
「えーい! 離すにゃ、カミやん! 真のフラグゲッターならば、おにゃの子とのトラブルは自分でちゃんと解決するにゃ――!」
土御門はしつこくへばりつく上条をひっぺりがし、突き放した。
「こら! 私との話はまだ終わってないのよ! 逃げようとするんじゃない!」
ほったらかしにされた御坂は、怒りの証である火花を髪から発しながら、上条を引きずり戻した。
と、そんな中、土御門が御坂の姿に目を留めると、テーブルの下で青髪ピアスの足を蹴って合図を送った。それを受けた青髪は、上半身をテーブルに乗り出した。
「なんや、土御門?」
「いやにゃー。ここに来たのはア○ミラの制服の研究という名目だったにゃ、確か」
「ああ、そやな。ただ、ここの店はアン○ラの制服に似てはいるけど違うな。本当のア○ミラの制服はニーソやのうて、ハイソックスやしな」
「ふむ。さすが青髪ピアス。細かい所までよく見てるにゃー。んで、だ。その萌えの研究者、青髪ピアス様から見て、あそこでカミやんと戯れている少女はどうよ?」
土御門が親指で指した御坂を、青髪ピアスは品定めをするようにじっと見る。当の御坂は、上条との口論に夢中で見られていることに気付いていない。
しばらくしてから、青髪ピアスはふぅ、と溜息をつくと、席にどさっと座り直した。
「……残念や。めちゃくちゃ残念や、土御門……」
「やはりそういう結論に達したか、青髪ピアス。お前ならわかってくれると思ったぜい……」
青髪ピアスと同じように脱力して椅子に座ると、土御門も力無く呟いた。
「……アン○ラの制服の価値は、その無駄とも言えるほどに強調される胸の部分や。それがあれでは……。顔はええねん。でもあのスッカスカの胸は……かわいそうのレベル……」
「ほんまやなー。他の店員さんと見比べてみると、もう見てるのも痛々しいにゃー……」
天井を仰ぎながら、二人は嘆きの言葉を述べる。
と、土御門の肩を、つんつんとつつくものがあった。土御門は横目で、それをやっているのが上条だということを知ると、
「……なんにゃ、カミやん。俺らは今、神様ってのが意地悪で、世界が都合よくできていないことに大いに嘆いてるところなんだぜい……」
そう言って、気だるげに溜息をついた。
しかし、上条は急に土御門の肩を掴むと、ガクガクとその体を揺さぶり、
「そ、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだ! お前ら、今何言ってたのかわかってるのか!?」
「何って……。○ンミラの制服は胸が大きいからこそ映えるものってことかにゃ? いやー、カミやんもそう思うだろ? そこの少女では惜しむらくも胸が、ない……」
「あ、ああ。確かに御坂には胸がない。だから期待を裏切られて俺もちょっと悲しい。他の店員さんを見るとさらにな」
土御門の言葉に、上条も激しく同意した。
だが、上条は自分が最も言ってはいけないことを言ってしまったことに気付き、土御門をさらに容赦なく揺さぶった。
「って、お前は何を言わすんだ! 俺まで巻き込むんじゃねえよ!」
「むー。さっきからカミやんは何を言ってるんだにゃー。さすがの俺も怒るぜい、って――」
起き上がった土御門は、自分が何をしたのかを一瞬にして理解し、その顔から血の気が引いた。
さっきまで騒がしかった2人が急に静かになったことに異変を感じた青髪ピアスも遅れて起き上がり、同じく今の状況がとてつもなく危険なことを、やっと理解した。
3人の視線が集まるところ、そこには仁王立ちで震えている阿修羅――御坂がいた。
御坂の周囲では火花が盛大に撒き散らされ、可燃性ガスがあればすぐにでも大爆発を起こしそうなぐらいに危険な状況になっている。
そんな中で、御坂は拳を硬く握り締め、肩をワナワナと震わせている。
「――アンタら。人が聞いてないと思って、好き勝手言ってくれてたじゃない。どうなるか、さすがにわかってるわよね――?」
軽くうつむいているせいで、御坂の目は見えない。しかし、どう考えても、その目は殺気を発しているに違いない。
このままでは殺されてしまう。そう考えた上条は、最悪の事態を防ぐため立ち上がり、両手で御坂の肩をつかんだ。少し火花が触れて顔をしかめたが、今はそんなことを気にしていられない。
一方、御坂はというと、突然上条に肩を掴まれ混乱したのか、耳の端までも真っ赤になった。
これならいける――。
そう確信した上条は、逆転の言葉を発するために、口を開く。
「――気にするな、御坂。胸なんかなくても、逆にそれが好きっていう人もいる。貧乳はステータスだ。希少価値だ。自信を持て――」
力強く、上条は言い切った。
しかし、横でその様子を見守っていた土御門と青髪ピアスがポツリと呟いた言葉は、
「「終わった、な……」」
という、短い物だった。
そして、上条の言葉を真正面で聞いた御坂はというと、小刻みに震えていたかと思うと、
「乙女の心を馬鹿にしてんのか、アンタは――!」
心の底からの叫びと共に、全身から電撃を吐き出した。
その日、学園都市のとあるレストランの上空に季節はずれの積乱雲が発生し、轟音と共に雷が落ちたという――。