「全く……、何で私は一人でマロンパイとか食べてるのかなー……」

 御坂は、誰も座っていない向かいの席を恨めしそうに見ながら、独り呟いた。そして溜息をつきながら、クリームがどっさり載ったマロンパイを口に運ぶ。

 向かいの席に座っているはずだった白井が風紀委員の仕事に行ってから、もう数十分が経った。その時間の間に、御坂は白井が頼んでいったチョコレートパイを残すわけにいかず食べ終えたのだが、自分が頼んだマロンパイに手をつけた時には、もう口の中は甘さでいっぱいで、フォークの進みは悪くなっていた。

(甘い物は別腹とは言っても、さすがに二個も食べるのはきついわね。合間に紅茶でも飲まないときついわ……)

 御坂は一緒に頼んだ紅茶を飲もうとして、喉に何も流れてこないことに気がつきカップの中を見てみると、一際濃い色の雀の涙程度の紅茶が残っているだけだった。

(もう全部飲んじゃってたか。黒子が頼んだのももう飲み終わっちゃったし……。かと言って、水ってのも味気無いわよね。仕方ない、新しいの頼むか……)

 気は進まなかったが、口直し無しで全部食べ切れるとも思えず、御坂はウェイトレスを呼ぶ為に店内に視線を向けた。

 すると、すぐにウェイトレスの姿は見つかった。別の席で接客しているようだが、何か様子がおかしい。ウェイトレスは腕を動かして、何かを振りほどこうとしている。

 よく見てみると、席に座っているいかにも不良っぽい男が、下品な笑いを浮かべながらウェイトレスの腕を掴んでいた。

(……全く。何でこうも頭の悪い連中って絶えないのかしらねえ……。というか、何で私はいつもこういう面倒事に遭遇するのかしら……)

 溜息をつきながらも、御坂は席を立ち上がった。

 店内の客はそれなりに入っているが、皆様子を伺うだけで、ウェイトレスに助け舟を出そうとする人間はいない。御坂にとっては呆れる光景だが、これもまたいつも通りシチュエーションである。

 御坂はすたすたと揉めているテーブルまで行くと、

「ちょっと、放してあげなさいよ」

 堂々と男に告げた。

 突然現れた闖入者に、当の男とウェイトレスだけでなく、周囲の客達も目を丸くする。

「ほら、さっさと放す」

 呆気に取られている当人達をよそに、美琴はウェイトレスの腕から男の手を外した。手を外されたことでさすがに気を戻した男は、椅子から立ち上がり、威嚇するように御坂を見下ろした。

「おいおい、いきなり割って入って来て何なんだ、お前は? これはそこの姉ちゃんと俺のプライベートなお話なわけ。入ってくんなよ」

 ねぶるように睨みつけられるも、御坂は気にせず後ろのウェイトレスに振り返り、男を指差しながら、

「――って、言ってるけど。こいつ、アナタの知り合い?」

 急に問われたものの、ウェイトレスは慌てて手を幾度も横に振って否定した。

「だ、そうだけど? となるとただの営業妨害よね。お客の私から見てても不愉快極まりないわ」

 御坂にズバっと言われ、男は答えに詰まっていたが、

「う、うるせえっ! さっきからわやくちゃうっせえガキだ! 俺は強能力レベル3だ! これ以上口を挟んで来るっていうなら、痛い目見るぞ!?」

 堪え切れなかったのか、脅しをかけてきた。だが、御坂はそれを鼻で笑って、

「強能力? 最近はアンタみたいなのでも強能力を得られるの? 学園都市の研究も進んだもんねえ」

 御坂の辛辣な言葉に、怒りを押さえ込んでいるのか、男は拳を固く握ってぶるぶると震えだした。

「お、お前――さすがに馬鹿にし過ぎだよなあ――ああっ!?」

 男が御坂に掴みかかろうと動いた瞬間、その眼前に御坂の人差し指が突き出された。不意をつかれてしまい、男は動きを止めてしまった。

 そんな男の動きに、御坂は口元に笑みを浮かべると、

「――暴れるのもナンパするのも外でしなさいよ、バカ」

 言って、電撃が放射された。

 紫電が一瞬にして男の体を走り、男は白い煙を上げてドサッと床に倒れた。

 御坂は動かない男を一瞥すると、後ろに隠れていたウェイトレスに向き直り、

「悪いけど警備員か風紀委員呼んでくれる? こいつどうにかしないといけないし」

「は、はいっ! で、でも……この人大丈夫なんですか?」

「心配しなくても大丈夫よ。電圧は高めにしたけど、電流はかなり低めにしといたから。スタンガンと同じで気絶してるだけよ」

「そ、そうですか。あ、助けてくれてありがとうございましたっ。また後でお礼しますね。そ、それじゃ、呼んできます――」

 さすがに人傷沙汰は気にかかったのか、御坂の答えにホッと胸を撫で下ろしたウェイトレスは、店の奥に小走りで引っ込んでいった。

(――さて。こいつはこれで放っといていいし、マロンパイの続きでも食べますか。いい感じに運動になったし、これなら残りも食べきれるわね)

 そう思いながら御坂が席に戻ろうとすると、その肩を後ろから叩かれた。

 怪訝な表情を浮かべて御坂が後ろに振り返ると、ウェイターの服を着た太縁眼鏡の男が立っていた。

「えっと……何か?」

「私はこの店の店長で北南きたなみという。さっきはうちのウェイトレスを助けてくれてありがとう」

「ああ、店長さんですか。いえいえ、いいんですよ、あれぐらい」

 礼を言われ、御坂は満更でも無い様子で答える。

「――しかし、ちょっと問題がね」

 北南は眼鏡のズレを直しながら告げた。眼鏡をずらす時に、そのレンズが光の反射でキラリと怪しげに光った。北南の空気が変わったことに気付いた御坂は、少し身構えてしまう。

「えっと……問題、ですか?」

「そうだ。周りを見渡してみてくれ。何かおかしいと思わないか?」

 御坂はわけがわからなかったが、言われるがままに周囲を見渡す。

 すると、確かに様子がおかしかった。さっきまでと比べると、店内が薄暗くなっている。

「……あれ? もしかして電気が……」

「その通りだ。さっきの能力を見るに君は電撃使いエレクトロマスターのようだが、電化製品が多いこの街だ。下手に電気を撒き散らせばどうなるか、君ならわかってるだろうね?」

 北南に言われ、何が起こっているか気付いた御坂の顔から、血の気が引いていく。

 そんな御坂の様子を見てもなお、北南は冷酷に言葉を続ける。

「電化製品の大半がやられたようだ。大半はそこで倒れている馬鹿に支払ってもらうが、安易に能力を使った君にも多少責任があると思う。……まあ、うちのウェイトレスを助けてくれたんだから、弁償しろとは言わない。だが、少し体で支払ってもらおうか――」



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