とある
「1人で行って来れば」
「ああっ! その華麗なスルーがたまらないっ!」
御坂の素っ気無い返事に、白井は天下の往来だということも気にせずに1人身悶える。
道行く人々は何事かと視線は向けるものの、変な人間には関わらないでおこう、という人間として直感からかすぐに視線を逸らす。
ただ当事者である御坂は、白井共々常盤台の制服を着ている手前、後輩の痴態をこれ以上世間の人間に見せるわけにはいかず、白井の頭に鋭いチョップを加えることで止めさせた。
「痛た……。お姉様ー、ツッコミに容赦が無さすぎますのー」
「うっさい! スルーされても興奮するようなバカにはこのぐらいしないと効かないじゃない!」
頭を押さえて抗議する白井だったが、御坂の怒りは止められない。延々と怒り続ける御坂に、さすがの白井もうんざりし始めた。
「わかりましたわかりましたのー。お詫びの印にアメリカンパイを奢りますから、それで手打ちにして下さいですのー」
突然の白井の提案に、御坂は説教を止めて悩み顔になった。
怒るのには御坂も飽きてきており、そこで甘いものの誘惑に逆らえるほど御坂は可愛げの無い少女では無かった。
「……む。アメリカンパイか。それ、美味しいでしょうね?」
「それなりに美味しいらしいですわ。まだ新しいお店ですから、一度行ってみたいと思ってましたの」
「まあ、それで勘弁してあげるわ。――ほら、さっさと案内しなさいよ。門限に間に合わなくなるわよ」
「はいはい。それじゃ行きましょうか、お姉様」
御坂に急かされて、白井は先導するべく歩き出した。それについて行くために、御坂も歩き始める。
(……あれ? 結局、黒子と一緒に行くことになってない?)
ふと疑問が浮かび、御坂は首を捻りながら歩く。
そして白井はというと、
(ふふ、さすがは私。計画通りですわ!)
黒い笑みを浮かべる白井だったが、先を歩かれているために、御坂がその表情を見れることは無かった――。
●
「私、チョコレートパイとダージリン」
「私はマロンパイと――アッサムで」
「はい、チョコレートパイとマロンパイ、お飲み物はダージリンとアッサムですね。かしこまりました。それではしばらくお待ちください」
白井と御坂からメニューを受け取り、一礼してから、ウェイトレスはテーブルを離れた。
ウェイトレスが店の奥に消えていくのを見てから、御坂は水を一口含むと、どさっと背もたれにもたれた。
「はあー……。それにしても、最近本当に物騒よねー」
「そうですわね。世界各地でデモが続発。その鎮圧で死傷者まで。学園都市もこの前の侵入者騒ぎで警備レベルも上がっているみたいですしね。私達
「ただでさえ治安維持ってのは大変なのに、これ以上仕事が増えちゃたまったもんじゃないわね」
御坂と白井はほぼ同時にため息をつくと、お冷を飲んだ。
と、突然白井が顔をしかめた。
「――どうしたの?」
「いえ、電話みたいですわ。ちょっと失礼しますね」
白井は携帯電話の通話ボタンを押すと、少し苛立った声で電話に出た。
「はい、白井ですの。……初春? 全く、貴方はいつもいつもタイミングが悪――」
憮然としていた白井だったが、その表情が少しずつ真剣なものへと変わっていく。
暫く電話に頷いていると、話が終わったのか、携帯電話をポケットにしまった。
そして、急に席を立つと、御坂に対して両手を合わせた。
「ご、ごめんなさい、お姉様! 風紀委員の仕事が入ってしまいましたの! 何かもう大変な事態みたいですぐ来いとか言われてしまって……。何というか、謝ってる時間も無いぐらいの緊急事態みたいで――もう行きますね!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ黒子!」
御坂が呼び止めるのも聞かず、白井は両手を合わせたまま、
と、そんな所に、両手にパイを載せた皿を持って、ウェイトレスがやって来た。
「お待たせしました、チョコレートパイとマロンパイです――あれ? お連れ様は……」
「知らないわよ、あんなの!」
大声と共に、御坂の前髪から火花が散った。
御坂の八つ当たりに、ウェイトレスは驚いて皿を落としかけてしまうのだった――。