アクマにお願い【1】




「――なあ、看守さん。暇潰しに本とか無いかい?」

 そう尋ねると、看守は幾つか本を見繕って来てくれた。

 こんな所にいる人間の願いにも関わらず、親切な看守だ。

 しかし、残念ながら本の選び方にはセンスという物が無かった。

 どこの誰が書いたかも分からない分厚いハードカバーの小説、FX取引の指南書、今日の献立百選、若い女向けのファッション雑誌、訳の分からないオカルトの解説本。どうやったらこうもジャンルも対象も違うような本が集まるというのか。

 もしかして、これを全部、あの看守は読んだという事か?

 それはそれであの看守の人間性を多少疑ってしまうところだが……、飯と点呼しか俺に対応しない他の連中に比べれば何百倍もマシか。

 どうせ今の俺は、これ以上何もする事はなく、状況に変化も起こらず、ただ来るべき日を待つだけの人間だ。

 いつ来るかも分からないその日までの時間を潰せるのなら、こんな物でもあるだけありがたい。

 精一杯感謝の気持ちを抱きながら、俺はまずハードカバーの本を手に取るのだった。



     ●



 そんな数時間前の殊勝な気持ちは、とうに消し飛んでいた。

 小説は推理物かと思ったら『犯人はA子さんの怨念だったんだよ!』という、終盤になって突然現れた探偵の一言で締めくくられた。何この超展開。どこぞの調査団じゃないが『な、何だって――!!』の気分だわ。

 金融取引やら料理本とか見ても悲しくなるだけだし、ファッション雑誌もどうせもう外で見る事もない。見るだけ虚しかったので、既に放り出している。

 そして残ったのは、何ともファンシーな表紙のオカルト本。

 タイトルは『困ったときはアクマにおねがい☆ 誰でもできるアクマをよぶおまじない!』

 ……この本を作った奴も、買って読んだ奴も頭がおかしいんじゃないかと思う。

 看守には何を思ってこれを買ったのか問いただしたいところだが、今日はもう仕事を終えて帰ってしまったようだ。

 あまりのバカバカしさに放り出そうかとも思ったが、退屈には変わりはなく、俺は目に痛いほどにキラキラしている表紙を開くのだった――。



     ●



 オカルト本は想像以上の難物だった。

 アクマちゃんなるコウモリの羽を生やした女のキャラクターが、ひたすらにアクマ召喚の儀式と召喚されるアクマを解説するという内容だったのだが、21世紀の今、こんな本を真面目に読んでいたら、魔女狩りもとい職質を確実に受けるはずだ。

 それに何がアホらしいかと言うと、その召喚の儀式とやらに必要な物がおかし過ぎる。

 牛やら蛙やらの生き血とか、マンドラゴラもしくは人面草とか、月の石やら隕石やら、普通に考えて手に入る訳がない代物ばかりを列挙しているのだ。お遊びでやるのも不可能では、読んでも何の楽しみもない。

「さすがに頭が痛くなってきたな……」

 色んな意味で頭が痛くなってきた俺は、休憩しようとその本を投げ捨てるように置いた。

 するとページがパラパラとめくられ、とあるページを開いて止まった。

 無視して頭を休めるか、それとも運命のいたずらと考えてそのページだけでも読むか。

 一瞬悩んだ俺だったが、こういう偶然は嫌いじゃない。どっちみち2ページ読むぐらいならそうそう疲れもしないだろう。

 腕を伸ばして、俺は本を引き寄せる。

 開いたページに書かれていたのは、『願いを叶えるアクマを召喚する方法』だった。

「願い、ね……」

 この気の萎えるような獄中生活から抜け出したい、そんな願いも叶えてくれるのだろうか?

 というかさっきまで『異性を射止める』とか『お金持ちになる』とか具体的だったのに、また『願いを叶える』とは。また極端に範囲が広がったものである。これじゃあ、召喚の方法だってややこしいに決まって、

「――マジで?」

 俺の目は点になった。

 必要な物は紙と鉛筆と、数冊の書物と布。そして契約者の血。これだけで良いらしい。

 さっきまでに比べてあまりにも条件が緩和され過ぎていて疑念しか覚えないが、必要な物と書かれた所には本当にこれだけしか書かれていない。

「上手い具合に全部あるよ、なぁ……」

 紙と鉛筆は手紙を書くと言ったら支給してもらえたし、本は看守から貰った物がある。布はタオルとか着替えとかがあるから問題ない。血は……まぁ、少しぐらいなら大丈夫だろう……多分。

「どうせ寝るまで時間もあるし、一丁やってみるか」

 まず紙に、本に書かれた通りの魔法陣を書いていく。昔ファンタジー系の漫画で見たような幾何学図形を書き、その周囲にラテン文字、だったか。それを見よう見まねで書き足すと、不格好ではあるが魔法陣が完成した。

 次にその魔法陣を書いた紙をテーブルに置き、その周囲に本を並べる。向きまで気を付けなければいけないのが面倒だが、さっきの魔法陣よりは楽だった。

 続いて布を指定された形にしないといけないのだが、刃物はさすがにないので、手や歯でタオルや服を引きちぎって何とかこしらえると、本と同じように魔法陣の周囲に配置した。

「――これで全部だな。あとは……」

 血だ。

 気分的には少し嫌だったが、ここまでやって片手落ちも虚しい。

 俺は指を噛むと、一気に顎に力を入れた。

……自分でやっていて言うのも何だが、めっちゃ痛い。だが、無事に血は出た。

 痛みを堪えながら、血を魔法陣の上に垂らし、俺は今一度本に目を落とす。

「あとは、これを読むだけか……」

 カタカナが羅列されただけにしか見えない謎の文章を口にする。正直舌を噛みそうになるが、何とか読み切った。

 これでこの本に書いてある事が本当なら、その願いを叶えるアクマとかいうのが出て来るはずなのだが――、

「何も起こらないな……」

 案の定何も起こらない。

 風が吹き荒ぶ事もなければ、周囲が光輝く事もなく、陰鬱な気分になる事もない。いや、陰鬱な気分にはなっている。失敗的な意味で。

「ま、こんなもんだよな……」

 立ち尽くしたまま状況を見守っていた俺だったが、諦めて本を放り投げようと思った瞬間、




「呼ばれて飛び出てジャジャジャ、ジャ――――ンッ!!」




 大量の煙とともに、甲高い女の声が俺の耳をつんざいた――。





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