St. Valentine's Day



「遂に、この日がやって来たか……!」

2月14日バレンタインデー当日。

上条はいつも通りの時間にぱっちりと目を覚ました。いつも通り洗面所で顔を洗い、歯磨きをし、身支度を整える。トレードマークのツンツン頭はいつも以上に尖っている。

とりあえず朝食を食べる為に、冷蔵庫を漁っていると、居候であるインデックスがスフィンクスを伴って寝ぼけ眼で出て来た。

「ふわぁ〜……、とうま、おはよぅ〜……」

「おう、おはようインデックス。今日も良い天気だぞ」

んー、と呟きながらインデックスが外を見ると、外はそれほど天気がいいとは言えない微妙な曇り空である。

「とうまー、全然天気に見えないよ。何か今日はテンション高いみたいだけど、何かあった?」

「え!? い、いや、何もありはしないデスヨ?」

「そう? まあそんなのどうでもいいから、とりあえず――ごはんちょうだい」



     ●



(やっぱインデックスに期待した俺が馬鹿だったか……)

意気消沈しながら、上条は学校の廊下を行く。朝一番でインデックスにチョコをもらって幸せ気分で登校する、という淡い期待が儚く消えた上条の背中は少し寂しい。

学校の中はというと、地味にそこらかしこでチョコの受け渡しが行われているようだ。定番の靴箱にチョコを入れるというのも何人かあったようで、それもまた期待していた上条だが、中に入っていたのは自分の上履きだけという虚しい結果だった。

とある教室の横を通り過ぎようとすると、開いているドアからチョコを渡す女子の姿が見えた。

「……いいねえ、幸せそうで」

「何おじいさんみたいな事言ってるの、上条」

独り言を聞かれビックリした上条は慌てて声の方を向く。そこにはクラスメイトの吹寄制理が立っていた。吹寄は振り向いた上条をもう一度一瞥すると、

「貴様はあれ? バレンタインデーにチョコがもらえずに悲しんでいるとかいう世の中の男の負け組ということ?」

「うっ、そんなズバッと言われると上条さんかーなーり傷ついちゃうなー!」

体をくねらせながら上条は抗議するが、実際本当の事だからこんな変な反応でしか返せず、上条は内心悔しくてたまらなかった。

そんな上条の地団駄に、吹寄は奇異の視線を向けながら、口を開く。

「しかしそんなにチョコレートが欲しい? 質量辺りのカロリーは優秀だし、心身安定効果はあるけど、食べ過ぎると簡単に太るじゃない」

「うっわ、出ましたよこの健康マニア! そういう科学的にしか見れない辺りがもう最悪! あなた本当に女子高生ですか!?」

「なっ、何失礼なこと言ってるのよ! 私だってれっきとした女子高生じゃない!」

哀れみの視線を向ける上条に、吹寄は憤る。しかし上条は一切止めようとせず続けてまくし立てる。

「はん! バレンタインデーにチョコを渡す、貰うということの素晴らしさを理解できないってのは、年食ったおばさんだけだよ!」

「お、おばさんですってー! ぐっ、それなら――これでも食っとけー!!」

そう言うと吹寄は鞄に手を突っ込み、何かを取り出すとそれを上条に投げつけた。突然飛んできた物体に反応出来ず、上条はそれを顔面で受け止める羽目になった。それを見て満足した吹寄は、そのまますたすたと行ってしまった。

「いてて……全く何投げたんだよ、あいつ。結構痛かったぞ……」

顔を押さえながら、上条は床に落ちた物体を拾う。パッケージを見るとそこには『99.9%!! 衝撃カカオ』と印字されていた。

「――えーっと、これってもしかして、いやもしかしなくても、チョコ、ですよね……?」



     ●



「あ、上条当麻」

「おう、姫神。おはよう」

教室に入る直前、中から姫神秋沙が出て来た。

「おはよう。丁度良かった。これあげる」

姫神からシンプルに包装された箱を渡され、上条は訝しげにそれを眺める。

「えっと……これは何なんでしょう?」

「……上条当麻は鈍いな。今日はバレンタインデー。当然、チョコに決まってる」

あまり表情に動きは無いが、姫神は憮然としている。さすがに上条の鈍さに呆れているようだ。

「え、あ、ありがとう! すまんな、俺なんかに!」

「上条当麻には世話になったから。そのお礼と思ってもらって構わない。それじゃ私は先生に用事があるから――」

そう言って、姫神はすたすたと行ってしまった。残された上条は教室の前で1人、顔を綻ばし、その後でクラスメイトからフルボッコにされるのだった。



     ●



「結局今年のチョコは2つか。義理だとしても上々だな」

袋を目元に掲げ、上条は表情を軽く崩した。朝からつまづいたが、結局夕方に2個持っていれば上々である。

「さて、とりあえず買い物でもして帰るかねー……」

足をいつものスーパーに向けようとした時、

「見いいいいいいいいいつううううううううけえええええええたああああああ!!!!」

耳をつんざくような叫び声に、上条はビクッと背を振るわせた。恐る恐る後ろを振り向くと、御坂美琴が弾丸の如く疾走しながら、こちらに接近してきていた。

「げっ、御坂。くそっ、せっかく人が幸せに浸ってるって言うのに!」

上条は条件反射で駆け出した。美琴の必死の形相を見て、また喧嘩を売られるのかと思ったのだ。しかしこの反応は美琴にとって予想外であり、美琴は一瞬きょとんとして、

「何でアンタ逃げんのよ――!!」

走り出した上条に合わせるように、美琴もスピードを速める。美琴の怒りは頂点に達し、その髪の毛からビリビリと電気が走り始めた。後ろ目にその様子を見た上条は顔のあせりの色をより強くする。

「だから待てって言ってんでしょー!」

「俺は今日は幸せなんだ、誰が待つってんだー!」

その言葉にイラッと来た美琴は、ついに最終手段に出る。帯電していた電気が一斉にその勢いを増し、遂に電撃が上条に向かって放射された。

しかし走りながらなので狙いは定まらない。地面のアスファルトで爆ぜて、所々で焦げ目がつく。直撃コースの電撃も、上条が右手を振るうことで無残に消失する。

「くうぅ。本当にどうなってんのよ、アンタの能力は!」

「いやだから本当に無能力レベル0なんだって! 何度も言ってるじゃないですか!」

超能力レベル5を無効化する無能力なんて認めること出来るかああああ!」

結局いつものやり取りになり、美琴の怒りはさらに高まる。電撃が乱れ飛び、周囲が混乱を始めた。電気製品は強力な電磁波で動きを止め、電磁波対策を施された警備ロボットがやかましく警報を鳴らし始める。

学園都市第7学区はまた、いつもの大騒ぎである……。



     ●



「くっそー、逃げられたー……」

美琴は膝に手をついて息を切らす。結局、警備ロボットの乱入でごたごたになり、美琴自身、途中から警備ロボットをまくのに追われてしまって、上条を見失ってしまった。

「せっかく人がチョコあげようと思ったのに、何で逃げるのよ……」

手に持つチョコの箱を睨みつけ、美琴は1人愚痴る。上条が逃げたのは美琴があまりにも鬼の形相過ぎて上条に誤解を生じさせたから、と思いもしないのが、彼女の欠点である。

「それにしてもこれどうしようかな。最近は自分にチョコあげるって人も多いらしいけど、元々人にあげるもんだったしな〜……」

手持ち無沙汰なチョコを手の中で弄っていると、

「おっ姉っ様―――!!」

突如黒子がテレポーテーションで現れ、美琴に抱きついた。

「黒子!? って、いつも言ってるでしょ、いきなりテレポーテーションで現れるなって! あー、もう離れろー!」

美琴は鬱陶しくなって黒子を引き剥がそうとするが、どこからこんな力が出ているのか、黒子はガシッと抱きついて離れない。

「うふふー。あ、そういえばお姉様、さっき電撃使ってたでしょ。至る所でブレーカーが落ちたとか、警備ロボットが警報アラート鳴らしたりで、私大変だったんですのよ」

「あー、それは悪いことしたわね……」

風紀委員ジャッジメントである黒子まで動員されるということは結構な騒ぎになったはずだ。少しべたべたし過ぎだとは思うが、自分を慕ってくれる後輩に迷惑をかけたことは素直に悪いと思う。

「大丈夫ですわ。そんな疲れもお姉様に抱きつけば一発で解消されますわ。――あ、うっかり忘れるとこでしたわ」

黒子は鞄の中からラッピングされた箱を取り出し、それを美琴に差し出した。

「寮で渡そうと思ってたのですけど、丁度いいですわ。バレンタインのチョコを受け取ってください」

「――え、私に?」

「ええ。お姉様に、です。愛するお姉様の為に良い物を選んで来ましたわ」

呆気に取られる美琴に、黒子は笑顔で告げる。にこにこしながら差し出されるチョコを断ることも出来ず、美琴はそれを受け取った。

「あ、ありがと。でも私、アンタに何も用意してないし――」

「いいんですのよ。ホワイトデーでも構いませんわ。お姉様からお返しをいただけるということだけで、私はそれまで死ぬに死ねませんわ」

「そこまで言われるとプレッシャーね……。てか、ホワイトデーにわざわざ買うのも……あ! 黒子、これでも構わない?」

美琴は手に持っていた自分のチョコを黒子に見せた。黒子は両手を握り、喜々としながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「まあまあ! いいんですの!? これ、もらってよろしいんですの!?」

「え、うん。まあ、余り物だし。それでよければ……」

「構いませんわ構いませんわ! お姉様から貰えるなんて黒子もう幸せで飛んでいってしまいそうです!」

「そ、そう……。それならいいんだけど……」

苦笑しながら美琴はチョコを黒子に渡した。狂喜乱舞する黒子の様子を見ると、余り物を渡すという負い目があったが、それも少し気が楽になった。

(アイツには渡せなかったけどまあ、喜んでもらえたからいいか……)

本命の相手に渡せず美琴はかなり複雑な気分だったが、喜び跳ね回る黒子と共に、寮へと帰っていった――。



     ●



「た、ただいま〜……」

ふらつきながら、上条は無事マンションに辿り着いた。美琴だけでなく警備ロボットにまで追いかけられ、息は上がり、足はガクガク、体はもう乳酸まみれである。

「あ、とうまおかえりー」

「おう、インデックス……。わりい、ちょっと遅くなったけど、すぐ飯にするからな……」

足取りもおぼつかないまま、上条はキッチンに向かう。そんな上条の様子に、さすがにインデックスは心配そうな表情を見せる。

「えっと、とうまだいじょうぶ? さすがに疲れまくりな感じだけど……」

「だーいじょうぶですよー。上条さんは体の丈夫さが一番のウリですからねー……」

「それならいいんだけど……。あ、とうま!」

「どした、インデックス?」

呼びかけられ上条が振り向くと、インデックスがラッピングされた箱を手に持っていた。

「これ、バレンタインデーのチョコ」

「え? それ、俺にか?」

「うん。とうま以外に誰がいるのさ。いらないなら私が食べるよ」

インデックスは少し拗ねた表情を見せて、チョコを引っ込めようとするが、上条は即座にひったくるようにチョコを受け取った。

「ありがとう! いえ、ありがとうございます、インデックスさん!」

「うん。とうまがそこまで喜んでくれるなら私も嬉しいかな」

嬉しい不意打ちに上条は大喜びし、その様子をインデックスは満足気に見守っていた。

その日、上条家の夕飯の食卓はいつもより豪勢だった。



ちなみにインデックスの渡したチョコは、昨日美琴を追い掛け回してほぼ無理矢理買わせて物の1つである。

美琴が上条に渡そうと思っていたチョコよりはグレードが下がるものの、チョコはチョコ。本人から渡せはしなかったが、間接的に美琴は上条にチョコを渡すことに成功したのだった――。



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