Day before St. Valentine's Day



今日は2月13日。

明日のバレンタインを前に、第15学区のショッピングモールはバレンタイン一色に染め上げられ、店はチョコレート一番の稼ぎ時を逃すまいと売り込みに必死で、それにまた女性達が頭を悩ませながら群がっていた。

そんな騒がしい一角と同じ通りにありながら、不思議と空気も音も人も違う所があった。

「白井さん、本当にここら辺で買うんですか……?」

「当然ですわ。私のお姉様への愛を考えれば、これらでも安過ぎるぐらいです」

頭の上に花を乗せた初春飾利は、周囲を不安そうにキョロキョロと見回しながら、ずんずんと先を行く白井黒子に付いていく。

ここのショッピングモールは初春も時に利用しているので、特に見知らぬ場所ではない。しかし今両脇に並ぶ店は高級店と呼ばれるような店ばかりで、初春には未知の領域だ。

(正直、義理しか上げるつもりの無い私はこんなの必要無いですしー……)

初春にとって、周辺の店が目的外だというのがまた、余計に居辛さを感じてしまうのだった。

「それにしても白井さんなら手作りチョコとか上げると思ったんですけど、違ったんですね?」

「最初はそう考えたんですけどね。下手に素人が手を出して味が悪くては本末転倒。それならプロが作った美味しい物を差し上げる方がまだマシと考えましたの」

「確かに美味しくない物貰って喜ぶのは馬鹿なカップルだけですよね」

「出来ればそういう関係が理想ですけどね。さて、ちゃっちゃか探しましょう。売り切れだってありえるんですから」

「あ、はい!」

そして2人は並んで、高級店の1つに入って行った――。



     ●



「あっぶなかったあー……」

風紀委員ジャッジメントの2人が遠ざかっていくのを確認した御坂美琴は、顔を引っ込めてから、安堵のため息を大きくついた。

「全く何だって黒子までこんなとこいるのよ……」

愚痴を零しながら美琴は横路地から出てショッピングモールの喧騒の中に戻った。

美琴もまたチョコの品定めに来ていたのだが、ショーウィンドウを眺めていた途中見知った人影を見つけ、咄嗟に横路地に隠れていたのだ。

「こんな所にいるのがばれればどれだけうるさくなるか……」

もう一度大きく溜息を付きながら、美琴はウインドウショッピングを再開した。

店先に並ぶ多種多様な褐色や黒色の数センチほどの小さな物体。そのどれもが1つ300円を超える物ばかりである。そんな物が居並ぶ所を臆せずに歩けるというのは、美琴がお嬢様学校の生徒であるという事を表している。

「それにしてもアイツってチョコ食べるのかしら? チョコ嫌いな人って結構多いしな〜。さすがに嫌いな物渡すのは気が引けるし……。何かもっと実用的な物の方がいいのかな?」

美琴はチョコと睨めっこをしながら、何を渡すのかという根本的な所から思案を再開した。だが、チョコを目の前にしては他に特に浮かぶものもなく、店内から漂ってくる甘い香りがその思考を邪魔する。

「……憎ったらしいぐらいに良い匂いさせるわね……。こんなの腹ペコの人が嗅いだら簡単にお腹を鳴らしそうね――」



ぐ――――――…………



「……は?」

タイミングの良過ぎる腹の虫に驚きながら、美琴は音の方を向いた。そこには、白い修道服を着た少女がショーウィンドウに顔面からへばり付いていた。少女の口は、今や涎が溢れ出そうなのを何とか口内で留めているような状態だった。

「アンタ、確かあいつといつも一緒にいる……」

その特異な格好に見覚えのあった美琴はつい声をかけてしまう。銀髪碧眼の少女、インデックスはへばりつけていた顔を剥がすと、ゆっくりと振り向き、

「――ん? あ、短髪」

「アンタ、喧嘩売ってる?」

インデックスの言葉に、美琴は口元を引く付かせながら笑って返した。

「喧嘩を売ったつもりは無いけど、買ってくれるというならチョコを買ってくれると嬉しいかも」

真剣な表情をしながら放たれた間抜けな言葉に、美琴はまたもや呆れて溜息を1つついた。

「何で私がアンタにチョコ買ってあげなきゃいけないのよ。しかも女だし。もしかしてまたお腹空いてるの? お腹空いたならアイツに言って何か買ってもらいなさいよ」

「テレビでバレンタイン特集やってたから、とうまにチョコ食べたいって言ったら、悲しそうな目をしてどっかに行っちゃった」

「哀れな奴……」

同情しながらも、内心美琴は心中穏やかじゃなかった。

(もしかしてあいつってロクにチョコ貰えないの? 結構女子に囲まれてる感じがするけど。それならもしかしたら……)

「でもバレンタインデーっておかしいよね。2月14日はローマ帝国に隠れて婚姻の儀を行っていた聖バレンタインが処刑されたっていう血生臭い日なのにね」

インデックスが話し始めたので、美琴は意識を咄嗟に元の世界に戻した。

「……その話は知ってるけどさ、でも海外でも同じようにお祝いしてるじゃない」

「そうだね。でも元々バレンタインデーはローマで信仰されてた神様の祝日で、十字教と一切関係無いの。教えを広めようとしていたローマ正教が異教の要素を取り除く為に、その日に殉教した聖バレンタインを利用して、十字教の祝日にしちゃったの。だから十字教が信仰されてる欧米諸国だと、男の人、女の人がお互いにプレゼントを贈る祝いの日になってるんだよね」

突然ぺらぺらと喋り始めたインデックスに呆気に取られながら、美琴は何とか話を理解しようとする。

「む、何か一気にややこしい話が増えたわね……。てか、十字教のお祭りだと思ってたけど、実は違ったんだ」

「うん。間違ってる人は多いよ。でもそれが十字教の戦略だからね。こういう事を続けて来たから十字教が世界に広まったんだよ」

「地味に自分の宗教批判してない?」

「大丈夫。インデックスはイギリス清教だから。ローマ正教を批判しても特に問題無し」

「そ、そう? まあアンタがいいならいいんだけど……」

全く悪びれる様子が無いインデックスの様子に、美琴は戸惑うばかりだった。科学に染まった日本人である美琴にとって、十字教なんて一緒くたになっていて、イギリス清教、ローマ正教と言われても全く違いが分かっていないのだ。

「まあイメージ戦略はどんな所でもやってる事だからこれ以上言わないけど、でも十字教に信仰がある欧米ならともかく、信仰心の薄いというかほとんど無い日本人がバレンタインデーを祝うってのは一番おかしいと思うんだけどね」

「本当、何でこんな訳の分からない風習作ったのよ。こんなの菓子会社に踊らされてるだけじゃない。振り回される身にもなりなさいよね」

「そうそう。意外に話が分かるね、ビリビリ」

「最後の言葉が無きゃ良い理解者だったと思うわ……」

頭を抱えながら、美琴は今日何度目かわからない溜息をついた。

「――ところで」

「ん? 何?」

美琴がインデックスに視線を戻すと、インデックスはショーウィンドウを指差し、

「バレンタインデーの事を色々教えてあげたから、ご褒美にチョコ買って欲しいかも」

「……じゃあ、私はこれで」

そう言って、美琴は駆け出した。どんどんと遠ざかっていく姿にぽかんとしていたインデックスだったが、

「待てえー! チョコ―――!!」

獲物を狩る猛獣の如く目を光らせ、インデックスは美琴を追いかけて走り出した。

第15学区のショッピングモールで今、2人の少女による長い鬼ごっこが始まった――。



     ●



イギリス清教のロンドン女子寮。

ローマ正教から移ってきたアニェーゼ部隊やオルソラが加わって活気に満ちるこの寮の一角、食堂と併設された厨房では、今静かに戦いが行われていた。

「えっと……女教皇プリエステス様もチョコを作ってるんですか?」

五和は恐る恐る、横で真剣な表情でチョコを刻む神裂に話しかけた。神裂はザクッともう一度だけチョコを刻むと、包丁を置いて五和にその顔を向けた。

「え、ええ。明日はバレンタインということですから、せっかくですし作ってみようかと」

「へえ、女教皇様もそういうことするんですね。……ところでそれ、誰にあげるんですか? もしかしてステイルさんですか?」

瞬間、神裂の顔が真っ赤に染まった。

「い、いや、これは特に誰にあげるとかではなく――」

「誰にもあげないってことは自分用ですか? 自分用を自分で作るなんて、凝ってますね」

「え、えっと、それは……」

神裂の答えは全く要領を得ず、いつものクールな様子からは全く考えられない。さすがに神裂も、これ以上五和の質問攻めにあうのはかなり危険だと判断し、

「と、ところで、五和は誰にチョコを渡すつもりなんですか?」

突然の神裂の反撃とも言える問いに、五和もまた頬を染めた。五和は内心、墓穴を掘ったと深い後悔を覚えたが、時既に遅し。

「いや私も特に誰にあげるとかではなく――あ、仲間にです。天草式の皆に配ろうと思って……!」 だが、五和はこういう時の対処は上手かった。上手くそれらしい相手を見つけ誤魔化そうとする。

「ああ、そうですか。それは皆喜ぶでしょうね」

普通ならば、五和の様子を見れば嘘と分かるだろう。しかし元来人の良い神裂は五和の答えを単純に信じてしまった。そのことに五和はほっと胸を撫で下ろす。

「あらあら、お2人共いらしたんですか?」

と、突然ほんわかした声が厨房に紛れ込んできた。入り口を見るとそこには、オルソラが立っていた。

「オルソラ。もしかしてあなたもチョコを作りに?」

「ええ、日本だと女の人が男の人にチョコを贈る日なのでしょう? ですからあの方にお礼の意味を込めて送ろうかと」

「あの方と言うと、もしかして……」

「上条さんですよ」

にこやかな笑顔で答えたオルソラに、2人の雰囲気が一瞬にして変わった。

「……さあ、私も頑張って作りましょうか」

「わ、私も!」



厨房の隣、食堂では、アニェーゼがまったりとお茶を飲んでいた。

熱気が増した厨房の様子を感じ取ったアニェーゼはお茶をもう一口口に含むと、呆れるように肩をすくめた。

「全く聖バレンタインを汚すような祭りに踊らされるなんて、それでも本当にキリスト教徒なんですかね?」

そして彼女はもう一度お茶を飲むと、ふと何かに気付いた。

「しかし彼女らは、今日チョコを作って、明日に日本に届くとでも思ってるんですかね……?」

そのことに厨房にいる彼女達が気付くのは、それから数時間後のことだった。



     ●



街中がバレンタインを前日に控え盛り上がる中、とある高校の教室の1つでは澱んだ空気が漂っていた。

「あー……、今年もまた、いきなりチョコ渡されて『ぎ、義理なんだからね! 勘違いしないでよっ!』って言ってくれる女の子は現れないんかねー……」

「気色悪い裏声使うんじゃねえよ、バカ。虚しくなるだけだろ……」

机に顎を乗せ、だらっとしている青髪ピアスの頭を、上条当麻はぺしんと叩いた。そしてまた天井を仰ぎみるように背もたれに反るように座ると、まるで気の抜けた人形のように呆けるのを再開した。

「何だにゃー、2人とももう希望を捨てたのかにゃー? 今年のバレンタインはまだ始まってもいないぜい。希望を持てい、希望を」

1人立ちながら、うなだれる2人を鼓舞する土御門。そんな彼の腹に2人のパンチがめり込んだ。土御門は苦悶して、しゃがみ込んだ。

「うっさいわ、アホ。お前は妹からもらえりゃそれでOKやからそりゃええやろな」

「いいよなあ、シスコンは。家族だから仕方なく渡されたチョコに大喜び出来るんだから」

震える土御門に青髪ピアスと上条の容赦ない攻撃が繰り出されるが、土御門は急に立ち上がって胸を張った。

「はははははは! 喚け喚け負け組共! お前らにどれだけ言われようとも、確かにオレは妹から貰えればそれでオールOK! そこに一片の悔いも無し!!」

勝ち組宣言をした土御門だったが、2人の反応は冷ややかなもので、蔑むような視線を揃って向け、

「うわ、こいつ開き直りやがった。……きめえ……」

「さすがのおいらもこれは引くでぇ……」

2人の言葉に、さすがの土御門も笑いがどんどん下火になっていく。そこにさっきまでの威厳は無く、その様は城壁が崩れ落ちるようだった。

そんな負け組のバレンタイン前日会議は、教室に夕日が差し込む中、まだ続く。進行は適当にだらだらと。結論は有るわけもなく。ただ、まだ来ぬ明日への悲哀を発散する。

そんな中にいる上条は、自分の不幸属性がまたもや明日発揮されるとは、露とも思いもしなかった――。



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