立ち並ぶ住宅の中、ぽっかりと空いた空間に公園があった。
敷地は狭いながらも、滑り台やブランコなどの遊具も置かれた、それなりにしっかりした公園だった。
近場で遊べるような場所は他には学校のグラウンドぐらいしかなく、それゆえにいつも子ども達がたくさん集まり、声もけたたましいぐらいに響き渡っていた。
だが、今日はとても珍しい日なのか、子どもの歓声は一切聞こえない。
代わりに響くのは、金属の擦れるどこか物悲しげな音。
その音を立てているのは、ブランコに座る、髪を左右でくくったツインテールの少女だった。
胸元の赤いリボンが印象的なワンピースを着た少女は、ブランコを思いっきり振らせて楽しむ訳でもなく、腰かけたまま、ゆっくりと踏み台を揺らしていた。その度にブランコの鎖が軋みを上げて、キィキィと甲高い音を立てる。
手持無沙汰にしか見えない行動を取りながら、少女はある一点を見つめていた。
公園の中でひと際高い位置にある滑り台の頂上部。
そこでは、スポーツ刈りの少年が、まるで見張りに立っているかのように周囲をぐるぐると見渡していた。
「――ねえ、『がくえんとし』って、どういうところかな?」
さっきから静かに待っていた少女だったが、さすがに退屈が限度を超えたのか、少年に声をかけた。
問いかけを聞いた少年は、見張りを邪魔されたのが癇に障ったのか、少しだけ不機嫌な表情になったが、すぐに笑みを作ると柵から身を乗り出し、
「さいせんたんのかがくのまちなんだろ!? ロボットがはしりまわってたり、それにちょうのうりょくしゃもいっぱいいるってはなしじゃん!」
「でも、あぶなかったりしないのかな? おとうさんもおかあさんも、ちょっとしんぱいだっていってたし……」
「あぶなくなんてないさ! おれたちもちょうのうりょくしゃになるんだぜ? あぶなくなってもじぶんでどうにもできるさ!」
「それはそうなんだろうけど……」
興奮した様子の少年とは対照的に、少女の表情には不安ゆえの陰りがあった。そんな少女の気持ちを悟ったのか、少年は滑り台を一気に滑り降りると、ブランコに座る少女の前へとやってきた。
そして、ポケットをごそごそとまさぐると、中から何かを取りだして、握った手を少女へと突き出した。
手が開かれて見えたのは、花の形をしたアクセサリーだった。中央には緑色のガラス玉がはめ込まれている。
少女は差し出されたアクセサリーをきょとんとしながら見ていたが、顔を上げてこわごわと尋ねる。
「えっと……、くれる……の?」
「あぁ、やる。これがあればひゃくにんりきだぞ!」
少年は自信満々に言いながら、今一度そのアクセサリーを持つ手を前に突き出した。
さすがにここで受け取らない訳にもいかず、少し躊躇いがちだったが、少女はアクセサリーを受け取った。
「ありがとう! だいじにするね!」
「お、おう。すてたりすんなよ」
少女は満面の笑みを浮かべながら礼を言ったが、恥ずかしくなったのか、少年は顔をそらして返事をした。
そんな少年の様子にまたも笑みを濃くした少女は、もらったアクセサリーをじっと眺めてから顔を上げ、真面目な表情で少年へと向き直った。
「ねぇ、こーちゃん。あっちにいってもなかよくしてね?」
「とうぜんなかよくするだろ。おれたち、ともだちなんだから」
少年の迷いのない答えに、少女は一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑みへと切り替えた。
「……うん。そうだよね。わたしたち、ともだちだもんね」
何とか返事をしたものの、無理に変化させたせいか、少女の笑みは苦笑と呼ぶのが相応しかった。
しかし、相手の少年はそんな微かな変化には気づけなかった。
そして、少年の意識は、少女の顔を見ながらどんどんおぼろげになっていき――
混濁としていた意識が、少しずつ確かになっていく。
それにつれて体にも力が戻ってきたので、体を起こしながら、ゆっくりと目を開く。
寝起きにはいささか辛い強い日差しが、目に飛び込んでくる。それに多少顔を歪めながら、窓の向こうを見る。
青空の下、様々な高さのビルが乱立し、隙間を埋めるように風力発電用の風車が回る、見慣れた街の光景。
もう十年近くも見てきた風景だったが、その景色に対する感想は、この街にやってきた頃とはまったく変わってしまっていた。
「――ったく、どこが世界で最も進んだ街だ。世界で一番腐った街じゃねえか……」
そう愚痴る彼の瞳には、怒りの色が満ちていた――。