とある愚者達の饗宴
序 章 降り立つ火種 The_Tower.
東京都の三分の一の広さを誇りながら、周囲に高く厚い壁を張り巡らして『外』と隔絶したその街は、『脳の開発』すなわち『超能力』の研究を行っている。持ち得る科学技術は『外』に比べて数十年も進んでおり、『科学』の最先端を突き進んでいる。
しかし、『外』と隔絶しているとはいっても、交流がない訳ではない。
時折行われる技術展示会やモーターショーには、世界中から多くの人々が集まる。それらの技術は学園都市の統括理事会が『外で転用しても問題なし』と判断するような払い下げのような物だが、それに世界中の企業などが群がり利益を生む。
また、『外』の優秀な技術者を招く事もあり、『大覇星祭』など年数回の一般公開日には多くの見学者がやって来る。
そんな『外』の人間達は、壁の随所に設けられたゲートを通って陸路で入って来る場合もあるが、空路の場合は第二三学区にある国際空港が使われる。
その国際空港の滑走路に今、一機の旅客機が降り立った。
旅客機の乗客達は学園都市の厳重な入国審査を受けた後、旅客ターミナルから次々と出て来る。
スーツ姿のサラリーマン・ウーマンが大半を占めている中、白衣を着た研究者らしき人間もいれば、制服を着た学生、果てにはカウボーイハットにネッカチーフという、珍妙としか言いようのないカウボーイもどきの人間も混じっていた。
そんな乗客達の中で、スーツをピシッと着こなした眼鏡の女性が、キョロキョロと周囲を見渡していた。
「――さて、お迎えの人はどこにいるのかな? 到着時刻は予定きっちり。入国審査も厳しいと言われる割には時間がかからなかったから、待たせて帰った、なんて事はないはずだが……」
困惑しつつ、彼女はもう一度辺りを見回す。するとそこに、スーツを着た男性が近付いてきて声をかけた。
「ヒルデグント=フェーレンシルトさん、ですか?」
「ええ、そうです。貴方(あなた)がお迎えの方ですか?」
「はい、特殊金属学会の金築(かねづき)です。今回、ヒルデグント=フェーレンシルトさんのホスト役を任されました。至らない点があるかも知れませんが、よろしくお願いします」
深々と頭を下げた金築につられるように、彼女も頭を下げる。
「こちらこそよろしくお願いします。あ、私の名前長くて言い辛いでしょうから、ヒルダと呼んでください」
「分かりました。それではヒルダさん、あちらに車を用意していますので、参りましょう」
そして二人は、旅客ターミナルからバスターミナルに向かう通路を歩いていく。
その後ろを、フード付きの黒いローブを羽織った少女がついて来ている事にも気付かずに。
高層ビルの間を縫うように作られた高速道路を、黒塗りのセダンが走る。
運転席には金築が座り、後部座席の右側にはヒルダが座っている。
二人の間に会話はなく、車中は静かである。そんな空気に耐えかねたのか、金築が口を開く。
「――ところでヒルダさん。貴女は液体金属の研究をされているんですよね?」
右の窓ガラスから周囲の景色を物珍しそうに見ていたヒルダは、金築の言葉に視線を彼の方へと移した。
「ええ。それが何か?」
「液体金属というと、私は冷却材というイメージがあるんですが、貴女の研究されている物はかなり特殊だとか」
「金築さんの言われる通り、液体金属の利用法は冷却材が主です。しかし私は、それ以外で液体金属を用いる方法の研究――というよりは、新しい液体金属の開発を行っています」
「新しい液体金属、ですか。それはどんな物で?」
金築の問いに、ヒルダはクスッと笑うと、
「それは明後日の学会発表までお待ちください。今ここで喋ってしまっては、当日の驚きも面白さもないでしょう?」
「すいません。貴女の言う通りですね」
「いえ、私も金築さんの立場なら気になって仕方ありませんよ。何たって『世紀の大発明!』だなんて肩書きがつけられていますからね、今回の発表。……でも、それほど大それた物じゃありませんよ。うちの所長が勝手に言っているだけなんですから。正直な所、変に宣伝されて困っているぐらいです」
「そうなんですか?」
「そうですよ。学会で聞いて笑わないで下さいね」
「ははっ、そんなことしませんよ」
気難しそうにしていた金築の顔にやっと笑みが浮かび、それを見てヒルダも屈託のない笑みを見せた。
さっきまでの硬い雰囲気は緩み、和やかな雰囲気のまま、セダンは学園都市内部に向けてひた走る。
後部座席の左側に、さっきの黒いローブを着た少女を乗せたまま。
だが、その事に車中の二人が気付く事はなかった――。