とあるドーナツの攻防戦
テレビをずっと見ていたインデックスが突然上条に振り向くと、そんな事を言い出した。
突拍子もない彼女の要求に、上条はまたか、と呆れて頭を掻いたが、とりあえず話を聞く為に、キッチンを出てテレビの前にやって来た。
「はいはい。それで、今度は何を見たんだよ?」
「これこれ。すっごいよ。ドーナツがいっぱい運ばれてくの」
インデックスが指差すテレビ画面を覗き込んでみると、整然と並べられた大量のドーナツが次々とベルトコンベアーで運ばれ、油のプールをくぐったり、謎のトンネルを通ったりしながら、ドーナツとして完成していく様が流されていた。
「……確かに凄い。とは思うけど、見る限り大量生産品だろ? そんなわざわざ食べに行く味じゃないんじゃないか?」
「違うよ。ほら、続きもちゃんと見て」
『ここは先日オープンした話題のドーナツ屋さん、「カリスピー・クリーム・ドーナツ」です。見てください、この行列! まだ朝だと言うのに長蛇の列です!』
テンションの高いレポーターがバッと腕を振ると、カメラが向きを変え、店の前にずらーっと並ぶ行列を映し出した。
その映像に、上条は目を丸くした。 「げっ! 何だよ、この行列! 五十人ぐらい並んでるじゃないか!?」
『さっきのドーナツができるまでも凄かったですけど、この人の数も凄いですねー! ちょっと並んでる方にお話伺ってみますねー』
レポーターは行列の前の方に移動し、そこにいた1人の少女にマイクを向けた。
「……あれ? とうまー、これあいさじゃない?」
マイクを向けられた少女を見て、インデックスは上条に問いかけた。
「姫神だって? そんな、姫神がこんなとこにわざわざ並んでる――って、本当に並んでるし!」
テレビ画面一杯に大写しになっている姫神を見て、上条は驚きあまって叫んでしまった。そんなテレビの前の視聴者の事情など分かる訳もなく、インタビューはそのまま始まる。
『おはようございますー。今でどれぐらい待たれているんですか?』
『――カメラ? もしかしてテレビ?』
「そうですよー。あら? 巫女服ですか? かわいいですねー」
『そう言ってもらえると嬉しい。さっきの問いかけの答えは約50分』
レポーターと正反対の抑揚の無い態度ではあるが、巫女服を褒められて、姫神は内心喜んでいるようである。
『50分! そんなに並ぶほど、ここのドーナツは美味しいんでしょうか?』
『さあ? 私も噂を聞いて買いに来ただけだから』
『お待たせしてますー。試食はいかがですかー?』
話が止まりかけた所で、タイミングよくお盆を手に持った店員が出て来た。お盆には試食用のドーナツが満載されており、店員はそれを1つ姫神へと差し出した。
『これ1個丸々食べていいの?』
『ええ。長い間お待ちいただいているので、サービスです。出来立てですからとても美味しいですよ。さあ、レポーターさんもどうぞ』
『ありがとうございますー。早速、いただきます!』
差し出されたドーナツを受け取り、レポーターと姫神は口をつけた。
もそもそと口を動かしていたが、しばらくすると二人の表情が変わった。
『うわ、何これおいしー! 口の中でとろける! 何で店名がクリームなのと思ってたけど、これなら納得!』
『む。これは本当に美味しい……』
2人は驚きながら、ドーナツを黙々と食べ続ける。後ろに並んでいた人達にもドーナツが配られたが、皆一様に2人のような反応を示していた。
「……やばい。マジで旨そうだな……」
レポーターの反応だけなら信用できなかった上条だったが、普段感情を表に出さない姫神までもが驚いている様を見ると、少しグラリと来てしまっていた。
「なあ、インデックス。せっかくだし行ってみるか――って、あれ?」
上条が横を向いてみると、そこにインデックスの姿は無かった。
「えーっと……もしかして1人で行ってしまわれたんでせうか?」
開けっ放しにされたドアから吹きつける風を受けながら、上条は1人部屋に立ち尽くす。そこで、彼に1つの疑問が生じた。
「それにしてもあいつ、金持ってたっけ?」
上条の呟きに、傍らで座っていた三毛猫のスフィンクスが「にゃー」と鳴いて答えた。
猫の言葉がわかるわけもないが、上条は何となしにその意味を理解してしまった……。