―朱―





「―――ねぇ、いっぺん死んでみない?」

 彼女は妖艶に微笑みながらそう告げて、ボクを――――殺した――――。





――――――×――――――×――――――





 ハッ、と目が覚めた。

 カーテンの隙間から注ぎ込む陽光が眩しい。その光が、今の時間が朝だと告げる。

 酷い夢……だった。

 そう、夢のはず……。だってボクは今、生きてるじゃないか。

 のっそりと起き上がり、自分の体を確認。

 じとついた汗がパジャマに染み込んでいるが、これは嫌な夢を見たせいだろう。

 全身をくまなく触る。傍から見ると奇妙な光景だろうが、ボクからすると一大事だ。ペタペタと触ってみるが、異常は――無い。
 血の痕も無いし、傷痕も無い。特に痛む所も無い。

 安心して、大きく溜め息をつく。

 肺の中の全ての空気を吐き出し、部屋の新鮮な空気を吸い込むと、それだけで色々と吹き飛んだ。

 ……全く。何であんな夢を見たんだろう……。

 昨日の夜は確か……あぁ、司とB級スプラッタ映画を見たんだっけ……。あまりにも馬鹿らしい出来過ぎて、腹を抱えて笑ったんだった。

 全く恐さも感じさせない殺人鬼に、絵の具と分かる血の飛沫、転げ廻る頭はどう見てもマネキンという、稀に見る酷さだった。まさかこの時代にあんなのが見れるなんてねぇ……。

「って! 笑ってたはずなのに、何であんな夢見るんだよっ!」

 ボクは即座にツッコミを入れる。だが、そこには誰もおらず、ボクの手は虚空を叩いた。

「環……何やってんの?」

 突然声にビックリしてドアの方を見ると、そこには呆れ顔でボクを見ている司がいた。

「日曜の朝っぱらから独り漫才の練習? それはちょっと淋し過ぎると思うんだけどな〜……」

「い、いや、これはっ!」

 バツが悪く、咄嗟に手を引っ込める。あまりにも恥ずかし過ぎる。確実に今赤面しているだろう。

「ま、いいけどね。環が何になろうが、ぼくは止めはしないよ」

「いや、だから、これは――っ!」

「ほら、朝ご飯出来てるんだからさっさと出て来てよ。さすがに冷めるのは嬉しくない」

「わ、分かった!」

 返事をすると、司はドアを閉めて1階へと降りて行った。

 はぁ〜……何なんだよ〜……。何か親にオ○ニーが見つかった時みたいにバツが悪かった。いやまぁ比較にするのがおかしい気もするけど……。

 ボクはかけ布団を引っぺがし、ベッドから降りる。

 空気は夏なので冷たい事は無い。でも、パジャマに染み込んだ汗が、空気に触れる事によって、その冷たさをボクの肌に与えてくる。

「さすがに着替えるか……。このままだと、風邪ひきそうだし……」





 階段を降りると、司がテーブルに朝食を並べていた。

「やっと降りて来た。ほら、環も並べるのを手伝ってよ」

「りょーかい」

 と言っても、大体の準備は終わっている。ボクは冷蔵庫から牛乳とバター、ジャムを取り出す。

 その合間に司はフライパンから黄身2個の目玉焼きをするりと皿に載せ、パパッとベーコンを割り振った。いつ見てもその手捌きには感嘆するばかりだ。

「――よし、出来た。さぁ、食べよう」

「はいはい。いっただきまーす」

「いただきます」

 ボクの適当さと違って、司はきっちりと「いただきます」を言う。本当にこういうのって性格出るなぁ……。

 そんな事を考えながら、目玉焼きに手をつける。ん、今日も黄身は半熟という素晴らしい焼き加減。ベーコンもカリカリッとその上手さが舌に弾ける。

「本当に司は料理上手いねー」

「環がやり無さ過ぎ。毎日やってりゃ、これぐらいにはなる」

 バターを塗った上にジャムを大量に塗った、とても太りそうなトーストを齧りながら、冷たくボクのお褒めの言葉を両断する。

 そんな恩知らずは太っちゃえ。――それでもボクよりは体重軽いんだけどね……。

「だってー、司がやった方が美味しいじゃん」

「そりゃまぁ……ね。ぼくはもう、あんな炭素の塊食べたくないよ……」

 急に青ざめて、司の手が止まる。それほどまでに、あの1件は司にとってトラウマなのだ。

 そう、あれはここに来た1ヶ月前…………………




 皿に山盛りになった黒い塊。

 それを冷や汗を垂らしながら見つめる司。その目は半分死んでいるように見える……。

「ねぇ、環……。何、これ……?」

「――え? あ、あぁ、それ? それはねー………………炒飯?」

 内心バクバクになりつつも必死に笑って、料理名を告げる。それを聞いて司は、レンゲを握った拳をテーブルに叩きつける。炒める時みたいに、炒飯が宙を飛んだ……。

「これのどこが炒飯だ!? 墨! 炭! 石炭! 鉄鉱石! そんなのにしか見えないじゃんっ!!」

「で、でも、頑張ったんだよ? フランベさせようと思ってブランデーと思ったら、油だったって所までは結構いい感じに……」

「炒飯はフランベしないっ!! 全く……出来るっていうから任せてみたものの……。これ、どうする気?」

 ジト目でボクを睨みつける司。こういう時の司は容赦が無い。

「た、食べる?」

「誰が?」

「ボクと――司」

 司の目の怒気が強まる。何かもう、目の中で炎メラメラ? あとバックに炎追加って感じで……。

 しかし、そこで司は大きく溜息をついた。ついでに炎も消えた。

「――勿体無いから食べる。けど、今度作ってもらうまでには、マシになっといてね」

「う、うん!」

 あー、やっぱ司は優しいなー。何だかんだ言って、ちゃんと食べてくれるんだもん。ちなみに、大昔にお母さんに料理を作った時は速攻で捨てられました。今でもその恨みは忘れません。コノウラミハラサデオクベキカ――!

 ――どすん。

 あれ? 何か倒れる音が……。

 恐る恐るテーブルの真ん前をしっかり見据える。そこに、司の姿は無かった。あるのは皿に載った黒い塊だけ。

 呼吸を整えて、体を曲げてテーブルの下に視線を向ける。そこには、レンゲを持ったまま倒れる、司の姿があった―――――――




「いっやー、懐かしいねー」

「懐かしいってほど古い話じゃないよ。あの時は酷い目にあった」

「いいじゃーん。ちゃんと看病してあげたでしょ?」

「それはまあ、あの時のお粥はまともで良かったけど……」

 黙々と食べ続けて、司の皿はあっという間に空っぽになった。司は「ごちそうさま」と言うと、片付けを始める。

「あれ? どっか行くの?」

「うん。今日は外に行って来る」

 洗い場に皿を置くと、司はテーブルの横に置いてあった鞄を手に取り、玄関に向かう。それを追うように、ボクも玄関に向かう。

「いいなぁ、外……」

 靴を履く司を見ながら、ボクは呟く。ボクらはお母さんとお父さんが死んだ時に、ここに引越しさせられた。

 司曰く、『あの家はぼくらに分不相応。それに、親族連中がここにいる事を許すはずが無い……』との事。私はちゃんと聞かされなかったけど、色々あったようだ。

 で、こっちに来てからというもの、ボクは外に出る事が出来ない。司に止められているのだ。

 そりゃ、元々学校も行かずに家で家庭教師の人に教えてもらっていたから、それがネット授業になった程度はいい。ネットがあれば、外の情報もちゃんと分かる。

 でも、それでも――家の周囲半径200メートル円から出ちゃいけないなんていうのは、さすがに無茶が過ぎると思う。

「……ごめん。でも、これが決まりだから……」

 すまなさそうにする司。そんな顔をされては、さすがにボクも引き下がるしかない。

「――いいよ。それぐらいは我慢する。ちゃんと食べれて、寝れて、勉強できるんだから、特に文句は無いよ。でも、出来ればお土産が欲しいかなー……」

「分かった。今日はちょっと贅沢なの持って帰って来るよ」

「うん。よろしくね」

「それじゃ、行って来ます――」

「いってらっしゃい――」

 ボクが手を振ると、司も振り返し、玄関のドアを開けて外に出て行った。

 ボクがいけない外。ボクが見れない外。ボクが知らない外。

 そこに行ける司に、ボクは――羨み以上に、黒い――ドス黒いものを抱え込んでいたのかもしれない――――。





――――――×――――――×――――――





 部屋でネット授業を黙々と受ける。

 教卓に足を乗せて、「この点は出ねえよぉー!」と叫んでいるが、そんなの知ったこっちゃ無い。

 とりあえず停止ボタンを押して中断。

 いつでも受けるのが利点のネット授業に、そんな真面目に取り組む必要なんか無い。どうせ、外に出れるかも分からないんだから……。

 授業画面を縮小して、ネットの画面を開く。

 見るのはまずニュース。外の世界を知るには手っ取り早い。縦に並ぶ最新ニュースから面白そうな物をピックアップ。政治家の汚職に、虚偽内容番組に、バラバラ殺人。

 何とも味気無く、慣れっこになってしまったニュースばかり。まぁこれが慣れっこになっていてはこの国ももうダメなのかも知れないが……これもまた外に出れない私には関係無い事である。

 溜息をつきながら、片っ端から適当にニュースを見て行く。





 ……はぁ〜……、やっぱり見るんじゃなかった……。

 予想通り、全く面白みが無かった。どれもこれも似たニュース。こっちに来てから傾向がかなり固定されている気がする。

 まだマシだったといえば、『殺人鬼の出現か!』とかいうゴシップ丸出しのようなニュース。何でもこの日暮市で通り魔殺人が頻発しているらしい。その遺体はどれもこれも四肢をバラバラに引き千切られて、内臓を引っ張り出され、骨はボロボロ、血はゴッソリ抜き出ているという、もはや人の身にあらざる姿だったらしい。

 ――恐い怖い。怖いね〜。

 何が怖いって、そんなのに無縁な自分の状況が怖い。誰も来ず、誰も訪ねて来ない今の状況の方が、もっと不気味で怖いよ。ま、安全な事に変わり無いんだし、あまり文句言うと何処かの誰かに怒られるかもしれない。



 にゃ――――。



 ……あれ? 今の鳴き声は――猫?

 おかしいなぁ。この家の周りには、動物が――いない。

 犬も、猫も、鳥も、虫も、どこの家にも必ず1匹(=30匹)はいるゴキブリもいない。さすがに地中にまでいるかは分からないが、それでも目の当たる範囲に生物はいない。

 いるのは、ボクと、司だけ。たった2人だけ。

 親族はたくさんいるのに、誰も訪ねて来ない。ちなみに両親はもうこの世にいない。父も母も1ヶ月前に亡くなった。

 他殺――だったらしい。

 らしい、とは何も教えられなかったからだ。こっちに押し込められるようになった事情は両親が死んだからなのだが、それに当たっての色んな事は、全部司がやってくれた。だから、両親が殺された話も司にのみ話されたようだ。

 そして今は司とボクの2人っきり。

 衣食住には困らないからそんなに悪くない生活だけどね。でも外に出れないから、さすがに――淋しい。

 1回ペットを飼いたいと司に言ったが、呆気なく拒否された。

 それからというもの淋しさMAX。ちっちゃい子供みたいに床を転がって駄々もこねてみたが、効果無し。

 酷い冷血漢である、あやつは。

 という訳で。飛んで火にいる夏の虫、ならぬ、鳴いて庭にいる夏の猫って事で、早速捕獲ー。





 ――で、猫さんはあっさりと捕まえられた。

 まぁボクしか生物がいないようなココにわざわざ訪ねて来るんだ。ボクに会いに来たんだろうとポジティブシンキング。

 でも、それはあながち間違っていなかったようで、今は腕に抱いているが、猫さんはボクを全く恐れずに懐いている。

 ちなみに猫さんは白猫だった。野良猫のようだけど、毛並みは揃っていて、毛の白色は雪みたいに純粋に真っ白だ。

 喉を撫でると、ゴロゴロと気持ちよさそうにしている。

 …………あ――――、可愛いな―――――、もうっ!! 猫の可愛さは反則だよー!

 決めたっ! 司が帰ってきたら説得する! もし説得出来なくても、いくら言われようと絶対飼ってやるんだっ!!

 もうね、ギュッとしてやりたい! てか、今する!!

 ボクは抱いた猫に加える力を足す。猫のふわっとした毛の感触が伝わり、柔らかい肉の感触、体温も伝わって来る。

「――ぎニャッ!!」

「―――――――え?」

 突然聞こえた鳴き声に戸惑う。それは苦悶のようだった。それも、一瞬で消えてしまう突然の。

 恐るおそる手の中を見る。そこはさっきまでと打って変わって――




 水風船のように弾けたカラダ



 覗くピンク色の内臓らしきモノ



 白い毛並みに染みていく朱の血



 腕の中で広がる朱の溜り



 床に零れ落ちる朱の雫



 生まれる、朱の海――




「―――――――何で?」





――――――×――――――×――――――





 今日は、少し遅くなってしまった。

 いつも通りやっていたのに、手間取ってしまったのだ。

 ――何か、嫌な予感がする。そんな疑念に囚われてしまう。

 煩雑に植えられた木々の向こうに、我が家が見えて来た。しかし、そこにいつもの明かりは無い。



 ……何があった。



 ……ぼくのいない間に、何があった。



 ぼくは更に早足になる。その間に日の光は一気に落ち、月の時間が始まった。

 今日は満月。嫌な予感しかしない。

 そしてぼくは辿り着き、家の扉を開けた――。




 明かりが、音が、無い――。

 玄関から急いでリビングに入る。リビングから1階を見渡す。

 誰も、いない――。

 すぐに2階へと駆け上がる。2階はぼくの部屋と環の部屋しか無い。躊躇い無く環の部屋に入る。

 そこにも、環の姿は無かった。



 ――ガタッ



 隣から物音がした! 環の部屋から飛び出て、ぼくは自分の部屋に向かう。

 ドアノブに手をかけ、ドアを開け放った。

 そこには―――――




「―――ねぇ、いっぺん死んでみない?」

 彼女は妖艶に微笑みそう告げて、ぼくを――――殺した――――。





――――――×――――――×――――――





「ハ、ハハ――」



 自然と笑いが込み上げる。



「ハハハハハハ―――」



 笑いが奔流のように溢れ出る。



「ハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハ―――――!!!!!!!!!!」



 止まらない。止まらない。笑いが止まらない。

 体の奮えが止まらない。“コロシタ”興奮からか、ボクの体の奮えは絶好調だ。まるで骸骨人形のようにカタカタと体が震える。



「ははははははははははははッ!!!!!」



 あまりにも高笑いし過ぎて、手の中の包丁を取り落とす。床に突き刺さっているが、気にしない。

 ボクは――狂ってしまった。

 猫さんを殺して――狂ってしまった。

 ボクが猫さんを殺して感じたのは、“殺してしまった”なんて自虐や、“可哀想な事をした”なんて同情では無く――、




 ――――“タノシイ”――――




 この一言に尽きた。

 そんなボクに、もう歯止めは利かなかった。

 とりあえず手当たり次第家を無茶苦茶にでもしようかとも思ったが、正直そんなのに気が向かなかった。




 ――――“タダ、生ケルモノヲ殺シタイ”――――




 欲求はそれしか無かった。

 だが、ボクは家から出る事は出来ない。偶然訪ねて来た猫ももう挽肉だ。

 ――――なら? ―――なら? ――なら? 誰を――殺す?



 当然――ミヂカナノシカしかいないじゃないか――!



 そしてボクは、欲求に忠実に行動した。ドアを開けた所を包丁で一刀一斬。

 自分でも何でこんなにスムーズに行動出来ているのか分からない。

 でも、脳が、神経が、細胞が、体の中の全てが、“生キルモノヲ殺セ”と蠢く。

 そう、ボクはもうアタマも、カラダも、狂ってしまったんだ―――!



「ふん、酷い事をするじゃない、環――」



「―――――――え?」



 間抜けな声を上げて振り向くとそこには、アリエナイモノが立っていた。

 左肩から胸を通って右脇腹。そこを一直線に斬り裂かれ、朱く汚い線を浮かび上がらせているにも関わらず――シンダハズノモノは、立っていた。

「あーあ。この体も、この服も、この生活も気に入ってたのになー。何で姉さん、目覚めちゃってるの――?」

 司は自分の服と傷跡を見ながら、何事も無かったかのように喋りだす。

「あ、アンタ――何で動いてんのよ!?」

 司を指差して狼狽するボク。おかしい。絶対おかしい。

「何でって? あぁ、姉さんは知らないんだよね。ぼくらが普通とは違うって事」

「普通とは、違う?」

「ま、単純に言っちゃうと、ぼくらは死ににくいし、老化もしにくい。造語を作るとすれば、“遅老難死”。ま、不老不死では無いからね」

 司はあっけらかんと言い放つ。この子は何故こんなに冷静なのだ。実の姉に殺されかけたというのに――。

「姉さんがね、ぼくを襲う事は薄々覚悟していたよ。だって自分がそうなんだから、姉さんがそんな衝動に駆られるのもおかしくないよね」

「自分も? もしかして司――」

「当然、ぼくも姉さんと同じだよ。“生キテルモノヲ殺シタイ”。ぼくは今から1ヶ月前かなー。そのぐらいに目覚めた。何でもね、この衝動はぼくらの一族じゃ普通らしいよ」

 口元に笑みを作る司。心底今の状況を楽しんでいるようだ。その余裕に満ちた表情には、さっきまで微塵も無かった“恐怖”しか感じない……。

「………ふふ、姉さんはホント鈍いなー。ま、そこが姉さんらしいけどね」

 突然意味の分からない事を呟く司。口元に手を当てて、くくっと笑い声を漏らした。

「――さて、姉さん?」

「な、何?」

「姉さんがさー、衝動に襲われたからってのは分かるんだよ。目覚めたばっかで抑えが利かなかったってのも分かる。ぼくみたいに衝動を解消をする手段が無かったのも分かる」

 一歩。たった小さい一歩だったが、司は近付いた。顔をボクの下から覗き込むように突き出し、

「――でもさ。唯一の家族に危害を加えちゃ、いけないよねー――」

 私は瞬間部屋の奥へと駆け出した。もう惨めとか言い様の無いぐらいみっともない動きで。



 だって、だって――あの顔は、あの顔は―――!



「姉さーん? ダメだよー。ちゃんとお仕置きは受けなきゃー。いつも面倒見ててあげたのにさー、酷いよねー?」

 少しずつ、恐怖という攻撃を与えるように、バケモノが近づいて来る。



 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!! あの顔は、あの顔は見たくないッ!!



 喉の奥から笑いを込み上げさせながら、バケモノが迫って来る。その手には何も無い。しかし、今のアイツは全身が狂気を纏った凶器――。

「大丈夫だってー。言ったでしょ? ぼくらは人より耐久力高いって。そんな簡単に死なないからさ。少々痛んだって、心配無いよ――」



 あの顔は――! あの顔は――! あの顔は――!!




「―――ねぇ、いっぺん死んでみない?」

 彼女は妖艶に微笑みながらそう告げて、ボクを――――殺した――――。





――――――×――――――×――――――





 ――今思えば。

 お父さんとお母さんが死んだ時、ボクはあの顔を見たのだ。

 ボクの目の前で、突然倒れた2人。

 その2人を解体する、狂気の笑みに満ちた、




 イモウトの顔を――――。





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