舞台上の演者達


明かりが落とされ
ブザーが鳴り
新たな幕が上がる
配点(胸中)



 武蔵八艦のうち、中央後艦に位置する奥多摩。そこには極東の教導院である武蔵アリアダスト学院がある。

 学院の数ある教室の一つ三年梅組にはいつもの面子が集まっていた。その黒板には『境界線上のホライゾン アニメ大検討会!!』という文字がデカデカと書かれている。

「――というわけで、私達がアニメ化という事になりました」

 教壇に立つ担任のオリオトライはどこか呆れたような表情で告げた。

 そんな彼女の様子を見て、正純がおずおずと手を上げる。

「早速質問? 適当に答えるわよ。めんどくさいし」

「アニメ化というおめでたい話題のはずなのに、何故先生はそこまで投げやりなんでしょうか……?」

「だってー、私大人で教師だから相対できないし、せっかくのアニメになっても暴――じゃなかった。活躍できないじゃない。ま、これは原作でも一緒だけどさ」

「微妙に本音出てましたね、今。でもPVでそれなりに映ってたじゃないですか」

「あのシーンって一巻の冒頭でしょ? 正直私がアクションするのって、あれぐらいのもんじゃない。くそー、良いなー、学生は。アニメで派手に動き回れば、ファンもいっぱいつくんだろうしなー」

 ごちるオリオトライを見て溜息をつく学生一同だったが、その中で総長兼生徒会長であるトーリが姉である喜美に話しかける。

「姉ちゃん。あれ、ストレス溜まって爆発寸前の危険な人にしか見えないけど」

「ふふふ愚弟。誰が見てもそうにしか見えないわ。触らぬ暴力教師に祟りなし。他国も極東にだけ学生の制限をつけておいて、今頃ホッとしているでしょうね」

「ボロクソ言っちゃってますね、二人とも」

 姉弟の会話を聞いていた浅間が苦笑していると、続けて直政が口を開く。

「しかし、うちらをアニメ化とはよくやるもんだね。ただでさえヘビーノベルとか言われてるぐらいで、しかも続刊中だっていうのに」

「アニメはどのくらいまでやるんでしょうね? 一巻分消費するのに二クールぐらい使っちゃいそうですけど……」

「それって、多い、の?」

 鈴が首を捻っていると、ネシンバラが眼鏡に手を添えながら会話に割り込んできた。

「Jud.普通ライトノベルをアニメ化すると、一クールで最低でも三巻以上は消費するね。それを考えると格段の多さだ。まあ、PVには三征西班牙や英国の教導院の人間が描かれてたから、二巻までやるような気がするけれど」

「そんな予想を簡単にぶっち切られそうで困ったもんさね。ま、地摺朱雀と道征き白虎の戦いは二巻だしね。そこまでやってくれた方が良いけどさ」

「僕も二巻までやってくれると嬉しいかな。僕の本気を見せられるし」

「あんたはただ単にあの眼鏡っ娘と仲良くできるからでしょ。このスケベ」

「そそそ、そんな事ないだろ! ただ僕は自分の実力とミチザネの活躍を――」

 喜美の冷静なツッコミに、ネシンバラは狼狽する。そして矛先を逸らすために選んだ標的は、

「それにスケベって言ったら、点蔵だってそうじゃないか! あいつなんか嫁もらってきたんだよ!?」

「ブフーッ! 何故そこで自分に振るで御座るかー!」

「そう言われると、ちょっと恥ずかしいですね」

 突如振られて慌てる点蔵とは対照的に、隣に座るメアリは顔を赤らめながら笑みを浮かべている。

 そうこうして教室全体の会話が盛り上がっていると、

「はいはーい、質問。ちょっと思ったんだけど――総長の全裸って、アニメだとどうなるの?」

 マルゴットの質問に、教室の空気が一瞬で固まった。

 さすがにその硬直はすぐに解けたが、皆一様に難しい顔になって考え始め、しばらくして口を開いたのはナルゼだった。

「さすがに全裸はダメじゃない。あんな醜いもの流したら速攻でBPOに文句が入るわ」

「いや、放送前にちゃんと審査が入るはずだから、その時点で放送中止になると思うぞ」

「原作の分厚さ以上の伝説になりそうですわね、それ。まあ、王にはそれぐらいの逸話が必要かもしれませんが」

「嫌過ぎるわ、そんな王!」

「全くですね。そうなったら副王はホライゾン一人で良いんじゃないでしょうか」

「こっちはこっちで蹴落とし思考入ってるし!」

 ネイトとホライゾンに正純がツッコミを入れていると、別の一角では、

「修正といえば、アニメで下着をあえて見せる構図にしているのに、そこを隠したりするのはおかしいと思うで御座るよ」

「拙僧としてはあれもまた味があるように思うがなあ。実況では、ああいう場面になると一番盛り上がる。まあ回数を経ると、話題性も薄まるが」

「放送では隠しておき、青円盤では修正を外す。それによって青盤にお得感をつける事で売り上げ向上を狙っているのだろう。商売の論理としては全くもって正しい」

「とか言いつつ、青円盤になっても修正外れてなかったりするで御座るよ! アレは完全に詐欺で御座る!」

「一年ほどしてから無修正版でボックス販売だ。さらに稼げるな」

「さすがシロ君! 今武蔵で流れてる奴でそれ提案してみようか?」

「うわあ、外道……」

 商人であるシロジロとハイディの黒い会話に、思わずその場にいた全員が引いてしまう。

「――って、お前ら! 俺を無視して話を進めてんじゃねえよ! ていうか全裸とか俺がいつしたんだよ!」

「お前が言うな――って、うわあっ!」

 ツッコミを入れようとした正純が、驚いて飛び上がった。それもそのはず。言葉とは裏腹に、いつの間にかトーリが全裸になっていたのだ。

「お、お前! 一体どういうつもりだっ!」

「いや、論より証拠だし。ほら、よく見ろセージュン。全裸になっても大丈夫なように、股間にはゴッドモザイクがあるだろ! わざわざ神奏術使ってるんだぞ、これ!」

「解った! 解ったからさっさと服を着ろ!」

「おいおい、何そんな恥ずかしがってんだよ〜」

「モザイクかかってようが、そんなの見るの嫌に決まってるだろ! というかおもむろに近づけてくるな!」

 ポーズを取りながら、トーリはしなりしなりと正純に近づいていく。楽しそうな表情のトーリに比べて正純は必死の形相だ。

「セクハラはそこまでにしておきなさい、愚弟。それ以上やるとどうなっても知らないわよ。例えばそこの巫女にズドンとやられるわよ」

「やだなー、喜美。私がそんな事するわけ無いじゃないですかー」

 浅間は笑って答えるが、その手には既に弓が握られている。

「こわっ! ナチュラルに殺る気ですよ、このズドン巫女!」

「いやもうやってくれても良いんじゃないかな。それこそ蜻蛉切で股間狙うとか」

「御所望であればやっても構わんが、さすがにあれを切断するのはなあ……」

『やだー』

 そりゃそうですよねー、とトーリを除く全員が納得する。

「しっかし、さすがにモザイクがネタとはいえ、地上波で全裸キャラとか良いのかねえ。最近条例で厳しいとか言うじゃないか」

「バッカ! 俺の全裸は性的なものじゃなくて神聖だから良いんだよ! 宗教画だったら裸だってOKだろ!」

「その物言い、ルイ・ルクシブみたいになってないか……」

「そういえばあの人も全裸で、股間はゴッドフレスコとかいうので隠してましたよね……。さすがに三巻まで今回はやらないでしょうけど、あの人の方がよっぽど問題になりそうですね。あの人常に全裸らしいですし……」

 正純と浅間が呆れていると、ハッサンが鍋を手に立ち上がった。

「モザイクがダメなら、カレーで隠すのはどーですかネー」

「カレープレイとかレベル高いな! 真っ赤に腫れ上がるどころか、一生使い物にならなそうだわ!」

「それならもう皆全裸で出ればいいよ! あ、幼女限定でね!」

『というよりも皆全裸を気にし過ぎかもしれんな。吾輩なんかスライムだから服なんて着ないぞ』

「はっはっは! 自分もそういえば全裸だったよ! おかしいったらありゃしないね! 仕方ないからインキュバス体操でもしようか!」

「「「そういえばイトケンも見た目完全に全裸だったー!」」」

 一同の今更な事実に対する叫びが教室で木霊し、その隣の教室で授業を行っていた三要が

「また梅組か……」

と肩を落とすのだった。

     ●

 K.P.A.Italiaのとある一室。

 貴賓用の椅子に座った白の長衣を着た男が座っている。

 その横には、同じく赤い体に羊型のホーンが特徴的な魔神族が控えていた。

 魔神族の人物はガリレオ。K.P.A.Italiaの第二特務であり、横で座っている男、教皇総長インノケンティウスの元教師だった人物だ。

 彼はインノケンティウスの表情を見てとると、その口を開いた。

「難しい顔をしてどうした、元少年。……まぁ、難しい顔しているのはいつもの事か」

「この顔は威厳を持たせる為に仕方ないんだよ、ガリレオ。ま、あまりにも定着し過ぎて、顔を緩めるというのができなくもなったが」

「職業病というものは恐ろしいな。それで? 今の表情はそういう類ではなかったと思うが」

「……元教師の勘、というのは中々のものだな」

「迷える生徒を導くのもまた教師の仕事だ。さぁ、元教師の私に話してみるがいい」

 インノケンティウスはまた逡巡し始めたが、閉じていた口をゆっくりと開く。

「自分の声が中田譲治に決まったそうだが……、実況とかされると教皇総長とかイノケンティウスではなく、ジョージという字名で呼ばれるんじゃないかと不安でな」

 その言葉にガリレオはまずため息を返し、

「元少年。――諦めろ、それはもはや決定事項だ――」

 慰めるように、インノケンティウスの肩をぽんと叩くのだった――。

     ●

 武蔵の右舷二番艦『多摩』。

 その一角に他よりも大きめの屋敷があった。

 先ほどまで屋敷の前には馬車が幾台もやって来て、壮年の男達が中に入って行っていた。

 そして、屋敷の一室。

 灯りが微かに室内を照らす広い一室には、暫定議会の議員や商人達が幾人も集まっていた。

 何か真面目な会議が行われているかのような荘厳な雰囲気のはずが、その内実は――、

「ふむ、『境界線上のホライゾン』がアニメ化ですか。これはどう見るべきですかな?」

「どのような出来栄えになるかというよりも――」

「我らがアイドル、正純君がかわいく描かれるかが重要ですな!」

「Jud.、作画とか脚本よりもそちらの方が余程大事! その辺りをきっちりやって欲しいですね!」

「……いやしかし、作画や脚本あってこそのかわいさという面もあるような……」

「大丈夫! スタッフ達も正純君のかわいさを分かってくれているはず!」

「しかも中の人は沢城みゆきですからな。これは勝ったも同然……!」

 皆が一様に力強く頷く中、小西は奥の席でグラスを傾けていた正信へと顔を向け、

「お父上としてはどうお考えですかな?」

 その問いに正信は、ふむ、と目を伏せて思案して――、

「――自分達の会合が映像化されて、娘の目に入らないかだけが心配だ……」

 重く呟かれた言葉に、部屋の空気が一瞬固まったかと思うと、

「おい! 我々を映像化されないように手配しろ!」

「威厳はステータスだ! 地に落ちれば商売は終わりだ!」

「金はいくらかかっても構わん! カッコよく描いてもらうだけでも良いのだっ!」

「はやくしろっ! 間に合わなくなっても知らんぞ―――っ!!」

 ドタバタと動き出した議員や商人達を眺めながら、正信はまたグラスを傾け、

「四巻上の冒頭が映像化されたら本当にどうなるんだろうな。……まあ、二巻ぐらいまでしかされないのが救いか……」

 と、ため息混じりで呟くのだった――。



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