「明日はバレンタインデーだよ! ってミサカはミサカは宣言してみたり!」
打ち止めの突然の言葉に、椅子に座りお茶をしていた黄泉川と芳川、ソファで寝ころんでいた番外個体がキョトンとした顔になった。
呆気に取られたまま反応を返さない三人に、打ち止めはぷくっと顔を膨らませると、
「もう! どうしてそんなに反応薄いの!? バレンタインだよ、バレンタイン! ってミサカはミサカは追求してみたり!」
ぶうたれる打ち止めを見かねたのか、番外個体は左手をひらひらと振りながら、
「テンション上がってるけどさー、バレンタインデーがどういうイベントか分かってんの?」
「むっ、そんな事分かってるよ。女の人が男の人にチョコを渡す日でしょ。それでその日にあげたら、ホワイトデーっていう日にお返しがもらえる、ってミサカはミサカは知ってる知識をそのまま述べてみたり」
打ち止めの微妙に的を外した知識に、三人は言葉をなくす。
「あー、打ち止め……、バレンタインデーはね――」
見かねた芳川が一番大事な部分を教えようとしたが、
「そうそう! その通りだよね! じゃあ、チョコ作ろうか!」
番外個体が芳川の言葉をかき消した。
驚いた芳川は番外個体の方に体を向けると、小声で話しかける。
「……どういうつもりよ。わざわざ作る方に誘導するなんて……」
「いいじゃーん。そっちの方が面白いんだからさぁ〜」
「面白いからってわざわざ……」
「二人でこそこそ喋ってどうしたの? ってミサカはミサカは尋ねてみる」
一人待ちぼうけを食らっていた打ち止めが覗き込んできたので、芳川は取り繕った笑顔を返す。
「いえいえ、何でもないのよ。でも打ち止め、チョコを誰に渡すつもり?」
「一方通行に決まってるよ、ってミサカはミサカは答える!」
「ああ、まあ、やっぱりそうよねぇ……」
迷いのない返事に、芳川は感心したような呆れたような言葉を漏らす。
「というか、芳川や黄泉川は誰かにチョコレート渡さないの? ってミサカはミサカは疑問をぶつけてみたり」
打ち止めが投げてきた直球に、芳川は思わず後ずさった。
(……こ、この子、幼いがゆえにとんでもないボール投げてくるわね……!)
子どもの遠慮のなさに戦慄しながら、芳川がどう返したものか悩んでいると、
「渡すとしても、私は警備員の連中に渡すぐらいじゃん。とは言っても、私のキャラじゃないし渡すつもりないんだけどねぇ……」
「ちょ、愛穂! この裏切り者!」
「い、いきなりなんじゃん!? 本当の事だし、何もおかしい事言ってないじゃんよ……」
(ぐっ……研究所辞めてから男と関わる事もないしなぁ……。というか、研究所にいた時もまったくそういう事なかったし……)
芳川が一人悲哀に暮れている中、打ち止めは腕をぶんぶんと振り回し、
「もう! そんなんじゃダメだよ! イベントはきっちりやらないとね! ってミサカはミサカはチョコを作る準備をする!」
「あー、はいはい。それじゃあ、面倒なのが帰って来る前にさっさと作っちゃうじゃん」
説得は無駄だと悟ったのか、黄泉川は打ち止めを伴ってキッチンへと入っていく。
番外個体もソファから起き上がってキッチンへと向かおうとするが、途中、テーブルに肘をついてうな垂れている芳川の肩をポンポンと叩くと、
「――その内、良い縁あるって!」
「そんなフォロー嬉しくないわよっ!」
芳川の予想通りの反応に、番外個体は楽しそうに笑みを浮かべるのだった。
●
日が暮れて、そろそろ晩御飯かという時分になって、やっと一方通行が家に帰ってきた。
靴を脱ぎながら、一方通行は室内の雰囲気が若干おかしい事に気づいた。
(……妙に静か過ぎるな。何かあったのか……?)
警戒しながら彼は家の奥へと向かう。そして、ドアを開けてリビングに入ろうとしたところで、
「おかえりー! ってミサカはミサカは突撃ラブハート!!」
打ち止めのミサイルのような突進を、一方通行はヒラリとかわした。
勢い余った打ち止めはそのまま突き進み、玄関まで行って、やっとこさブレーキをかける事ができた。打ち止めはバッと振り向いて、一方通行を睨みつけると、
「どうして避けるの!? ってミサカはミサカは非難轟々だよ!」
「うっせェ。いきなり飛びかかられて素直に受け止めてられるか」
呆れのため息を漏らしながら、一方通行は打ち止めを放ってリビングへと入っていく。
すると、鼻に甘い匂いが入ってきた。その匂いはすぐには消えず、甘い匂いがリビング中に充満している事に気がついた。
一方通行が怪訝な表情を浮かべていると、黄泉川がキッチンからひょこっと顔を出した。
「おう、おかえりじゃん、一方通行。迎えに出た打ち止めはどうしたじゃんよ?」
「ガキなら後ろにいる」
後ろを親指で指すと、後ろで打ち止めが思いっきり頬を膨らませていた。
「もう! ミサカを無視して行かないでよ! そんな事すると、チョコレートあげないよ!? ってミサカはミサカは脅しをかけてみたり!」
「チョコレートだァ?」
彼の言葉に、打ち止めはしまったとばかりに、慌てて両手で口を塞いだ。だが、そんな事をして意味がある訳もなく、一方通行は冷静に状況を推理していく。
「そうなると、この甘ったるい匂いはチョコレートか。しかし何だってチョコレートなンて――あァ、明日はバレンタインだったか……」
匂いの正体が判明し、その理由も分かった事で一方通行はアホらしいといった様子で、深くため息をついた。
イベントで馬鹿騒ぎする事を一方通行は快く思う人間ではない。それを踏まえると、彼の反応は当然とも言える。
だから、彼はそんな空気を無視してソファに寝ころがろうとしたのだが、
「はいはい、ストップ。貴方も一応男の子でしょ。バレンタインが気になったりしないの?」
芳川に呼び止められ、一方通行はめんどくさそうな視線を返す。
「ンなの興味ねェよ。あンな甘ったるいもン渡して何になンだって言ってやりたいぐらいだ。どいつもこいつも菓子メーカーに踊らされやがって」
「ふぅん。でも、この子が作った物を無視するっていうのは、さすがにかわいそうじゃない?」
言われて、視線を芳川の背後に向けてみると、白い皿を手にした打ち止めが立っていた。
彼女は一方通行の前までやって来ると、皿を差し出した。
皿にはチョコレートと思しき茶色の球体がいくつも載っている。それらは大きさが不揃いで、形もどこかデコボコしている。見た目から手作りというのがはっきりと分かってしまう。
それを理解してしまった一方通行は、邪険に扱う事もできず、
「……百歩譲ってバレンタインでチョコレートってのは良いとしてだな、バレンタインは明日だろ。今日食べるのはおかしくねェのか?」
「もうバレちゃったから仕方ないもん、ってミサカはミサカは若干スネながら言ったり」
「バレたのはテメェのミスだろうが……。てか、これから飯だってのに、チョコなンか食べていいのかよ」
「気にしないでいいじゃんよー。育ち盛りなんだし、ご飯の前にチョコを1つや2つ食べたぐらいで食べれないなんて事ないはずじゃん」
「食べてあげなさいよ、それぐらい。その子、頑張って作ってたわよ」
適当にあしらおうと思った一方通行だったが、打ち止めには強力な援軍として黄泉川と芳川が付いていた。さすがに3人を相手に虚勢を張り続けるのは不利と悟り、
「……チッ、分かったよ、食えばいいンだろ、食えば」
言いつつ、一方通行は皿に載っていたチョコを手に取った。摘まんだチョコをひとしきり眺めてから、口にポイッと放り込んだ。
少し噛む動作をした一方通行だったが、トリュフタイプのチョコレートは舐めるだけで簡単に溶けていく。口をあまり動かさないまま、一方通行はチョコを味わう。そこで彼は一瞬ハッとした顔になると、
「コーヒー味か……」
「そうよ。そのセレクトは打ち止めがしたの。貴方の好みに合わせて選んだっていうんだから、甲斐甲斐しいわよね」
ポツリと漏らした言葉に、芳川がからかうように言ってきた。
それに一方通行は表情を苦くするが、チョコは食べ続けた。そして、チョコを全部飲み込んだ後、
「ふン、まァまァだな――」
短く感想を言った。
素っ気ない言葉ではあったが、それでも打ち止めは満面の笑みを浮かべる。
「良かった、気に入ってもらえて、ってミサカはミサカはホッと胸を撫で下ろしたり」
「気に入った訳じゃねェ。悪くねェってだけだ。それに俺はもっと苦い方が好みだからな」
「じゃあ、今度作る時はそうするね、ってミサカはミサカは来年に向けてメモを取ったり」
テンションが上がってじゃれついてくる打ち止めを、一方通行はめんどくさそうに相手する。だが、つれないように見える彼の態度はどこか満更でもなさそうにも見える。
2人だけの甘い空間が展開されようとしていた中、2人の間を裂くように、チョコを載せた皿を手にした番外個体が割り込んだ。
突然の乱入者を一方通行は苛立ちの篭もった視線で睨みつける。
「――ンだよ」
「いやいや、良い雰囲気なとこ悪いけどね。ミサカもチョコを作ったから、食べて欲しいなー、なんて」
差し出された皿には、打ち止めが持っていた皿と同じようなチョコレートが並んでいる。ただ形などは打ち止めの物よりも綺麗だった。
それらを怪訝な表情で見ていた一方通行だったが、仕方ないといった様子で、チョコの1つを手に取り、口に含んだ。
そして次の瞬間、
「がっ!! ご、ごほっ、ごほっ……。て、テメェ……これに何入れやがった……ッ!」盛大にむせながら、一方通行は番外個体を敵を見るような目で睨みつける。目にはうっすらと涙まで浮かんでいる。
そんな一方通行の様子を見て、番外個体はお腹を抱えながら笑い転げ、
「ぷはっはっはっはっは! 超能力者がむせてやがんのっ! ひ、ヒヒヒヒヒッ、お、おっかしぃー! ちなみに今のは激辛ソース入りチョコレートね、刺激的で良かったでしょ☆」
一方通行と対照的に笑い過ぎて涙を浮かべている番外個体に、一方通行は強く拳を握りしめると、
「テメェ、ぶっ殺す……ッ!!」
「わ〜、お姉様助けて〜」
「え、ちょ、ミサカを巻き込むの!? ってミサカはミサカはすごい戸惑ったり!」
3人が狭い室内で追いかけっこを始めたのを見て、黄泉川は思わず頭を抱えた。
「こうなっちゃうと色々ぶち壊しじゃん……」
呆れ果てる黄泉川だったが、芳川はどこか達観したような視線で3人を見つめ、
「ま、良いんじゃないの。バレンタインだからって甘いだけとは限らないって事よ――」
そんな呟きを漏らすのだった――。