学園都市の空の玄関口、第二三学区にある国際空港。
ちょうど飛行機が到着した直後なのか、入国審査ゲートには長い行列が何本もできていた。
どのゲートでも英語か日本語が飛び交いながら整然と審査が行われていたが、ゲートの一つには、少し異様な空気が漂っていた。
入国審査官にパスポートを渡した女の格好が、まるでアラビアン・ナイトにでも出てきそうな装いで、その態度もどこか浮き世離れした雰囲気を纏っていたのだ。
『シェヘラザードさん、ですか。学園都市への滞在理由は?』
審査官はパスポートをチェックしながら、定型の問いを英語で投げかける。
それに対して、シェヘラザードという名の女はフードを被った頭を下に向けたまま、答えを返さない。
英語が通じないのかと思い、審査官が改めてアラビア語で問いかけると、彼女は流暢な日本語で返してきた。
「ああ、ごめんなさい。少し考え事をしていたの。滞在理由は観光よ」
「観光? 事前の申請では視察となっていますが……」
PC画面とシェヘラザードの顔を交互に見ながら、審査官は怪訝な表情を浮かべる。
審査官の疑問に対し、シェヘラザードは、あ、と声を上げた。
「そう言えば、そういう風に申請したのよね。さすがに観光だとそう簡単に許可が下りないから――」
「え、ええっと……、さすがにそういう事では規則上困るのですが……」
悪びれない様子のシェヘラザードに対し、審査官はどう対応したものか困惑する。
事前の届け出と目的が違うのであれば、この場でUターンさせる事になるのだが、さすがに目の前の女性をそう無碍に扱えるほど、この審査官は現場経験が豊かではなかった。
そんな困り顔の審査官に対して、シェヘラザードは不敵な笑みを向けて、人差し指を顔の前に立てて、
「――そうね。確かにそういう事ではあなたは困るかもしれない。でも私の目的は観光でも視察でもないのよ。私の真の目的はこの街を乗っ取りに来たの。ほら、本当の事は言ったわよ。これなら問題はないでしょう?」
彼女の口から放たれた言葉は、端から聞けば不穏極まりない発言だ。
ただでさえ学園都市は第三次世界大戦を終えた後で、未だに警戒レベルは高い状態にある。そんな場所にこんな恐ろしい事を言う人間を簡単に入国させる訳にはいかない。
だが、今の言葉がちょっとした冗談である可能性も捨てきれないので、念のためにもう一度質問をするのがセオリーだろう。
しかし審査官は、
「……はい。分かりました。問題ないのでお通りください。ようこそ、学園都市へ」
再度確認する事もなく、シェヘラザードを通してしまった。
パスポートを受け取ったシェヘラザードは、審査官にウインクを投げてから入国審査ゲートを後にする。荷物の受け取り場で、コンベアの上を回っていたスーツケースを拾うと、すたすたと国際空港の外へと出てしまった。
空港ターミナルの外は、秋の晴天に恵まれて、澄み切った青空が広がっていた。
長時間飛行機に乗っていたせいで固くなった体を、腕を上に伸ばしてほぐす。
うーん、と声を上げながら彼女は頭上を仰ぎ、青い空を見つめる。
「空はどこでも変わらない、なんて言うけれど、空気が違うとやっぱり別物に感じちゃうわね。噂で聞いた醤油の匂いなんてのはさすがにしないけど、それでも外国に来たって感じがする」
そう言って彼女は肩の力を抜き、腕を下ろす。それに合わせて深いため息が漏れる。
「――それにしても、科学の総本山にしては警備がザルよね。あの程度の事で通れちゃうんだから。ま、その分楽ができていいんだけど」
シェヘラザードは呆れ半分、楽しさ半分で言葉を漏らす。
そして、遠くに見えるビルや風力発電用の風車で構成された景色を見ながら、
「待ってなさい、学園都市。世界はあなた達やグレムリンを中心に回ってるんじゃないって事を教えてあげるわ――」
彼女は静かに、学園都市へ宣戦を布告した――。