とある平和な一日




「ミサカはミサカはー、暇だー、と言ってみるー」

 真っ白で無機質な病室。そこのベッドの上で、打ち止めラストオーダーが跳ね回っている。跳ねる度にベッドのスプリングが軋みをあげるが、打ち止めはお構いなしに跳ね続ける。

 打ち止めの視線の先には、ベッドに寝転がる一方通行アクセラレータの姿があった。

 一方通行は眠っているのか、打ち止めがどれほど跳ね回っても、目を瞑ったままで反応を示さない。
そんな一方通行の態度に、打ち止めはさらに強く跳ねて対抗するが、それでも一方通行は起きようとしない。

「むー……、『反射』を使ってる形跡はないから聞こえてないはずないのに、ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり」

 首を捻りながらも打ち止めは跳ねるのを止めない。

「これはそろそろ間接的攻撃ではなく、直接的攻撃に移らないといけないのかな? とミサカはミサカは判断してみる」

 トランポリン競技の予備跳躍のように、ベッドの端で大きく数回跳ねた打ち止めは、

「世界が驚愕! 超絶、ウルトラCィィィィィィ!! とミサカはミサカは自画自賛しつつ突撃敢行!!!!!」

 叫びと共に、一方通行の体目がけて跳躍した。

 眠りこけている一方通行はそれを避けれるはずもなく――と思われたが、一方通行はゴロンと寝返りを打った。

「――えっ?」

 打ち止めは誘導ミサイルではなく人間なのだから、目標が動いても空中で方向をずらすなどできる訳もない。
当然、勢いのまま、ベッドの空いたスペースに顔から突っ込んだ。

「……もー! 寝てるはずなのに何でこんな的確にかわすのかな!? とミサカはミサカは憤慨してみ――」

「そりゃ、俺が起きてるからに決まってンだろうが」

「わー、化け物ー!」

 打ち止めが顔を上げると、寝転がっていたはずの一方通行が起き上がって、打ち止めを見下ろしていた。

 驚いた打ち止めは手近にあった枕を一方通行に投げたが、一方通行はそれを軽く受け止めた。

「全く、誰が化け物だ、誰が……」

 一方通行は呆れながら枕を元あった場所に戻すと、打ち止めの頭を鷲掴みにした。

「――ンで? 何故オマエは安眠してる俺にフライングボディアタックとかかまそうとしてたンだ、あァ?」

「い、痛い痛い痛い! ってミサカはミサカは手足をばたつかせて全力で抗議してみたり!!」

 一方通行の握力はそれほど強くないのだが、子供体型の打ち止めにとってはそれでも十分のようで、逃れようと必死に手足を動かす。

「あとあれだ。人が安眠してるっていうのに、ベッドで跳ね回ってンじゃねェよ。『妹達』オマエら頼ンねェと『反射』が使えねェのはテメェが言ったんだからわかってンだろ?」

「ちょっ、起きてたなら素直に起きて欲しかった、とミサカはミサカは重ねて抗議するー!」

 2人の言い争いが響く中、病室の扉が突然開いた。

「ん? なになに? 喧嘩してんの?」

 病室に入ってきたのは、ジャージ姿の黄泉川愛穂だった。彼女はベッドの上で繰り広げられている光景を見て、首をひねった。

 扉に視線を向け、闖入者が黄泉川であることを確認した一方通行は小さく舌打ちした。

「喧嘩じゃねェよ。わざわざ俺が、このガキにお説教してやってンだよ」

「お、お説教なら実力行使にでずに口だけにしてもらいたな、ってミサカはアイタタターッ!」

「あァ? 何自分がイタい人間だって宣言してンだ、オマエ」

「イタいんじゃなくて、クラッシャークローが痛いって意味だよ、とミサカはミサカは理解力の足りない人でなしに説明してあげ――ってだから痛い痛い痛い!」

 打ち止めの叫びを見かねた黄泉川は、テーブルの上に手に持っていた袋を置いてから、ベッドに向かう。

「はいはい、お説教はそこまでにしてやんじゃんよー」

 言いながら、黄泉川は一方通行の手を掴む。女性とはいっても警備員アンチスキルである黄泉川の力に抗えることもなく、手は打ち止めの頭から外れた。

「――ったく、邪魔しやがって」

「うわーん! 助かったよ、ヨミカワー! とミサカはミサカは涙目で感謝を述べてみるー!」

 ふてくされた一方通行はベッドにゴロンと寝転ぶ。やっと解放された打ち止めはすぐに一方通行から距離を取り、黄泉川に泣きついた。

「はいはい、大丈夫かい、打ち止め」

 黄泉川は打ち止めの頭を撫でてやりながら、一方通行に視線を向けた。

「ダメじゃん、一方通行。どうせまたこの子がイタズラしたんだろうけど、年上なんだから大目に見てあげないと」

「わかってンなら止めんじゃねェよ、クソッタレが」

「い、いつの間にか悪いのがミサカになってることに、ミサカはミサカは驚愕してみたりー!」

「いや、イタズラしたんだったら、悪いのはアンタじゃんよ」

 黄泉川の冷静なツッコミでショックを受ける打ち止めを見て、黄泉川は苦笑しつつ、打ち止めを体から剥がした。

 彼女は袋を置いたテーブルに向かうと、袋から箱を取り出しすと、それを2人に掲げて見せ、

「ま、退屈なのはわかるけど、2人ともあまりカリカリしちゃダメじゃん。お土産にケーキ買ってきてあげたから、一緒に食べるじゃんよー」

「ケーキ!? ミサカはミサカはフルーツたっぷりのが食べたいと要望してみたりー!」

 打ち止めはケーキという単語を聞くと、さっきまでの泣き顔がパアッと明るくなり、ベッドからピョンと飛び降りてテーブルに向かった。

「ご希望のフルーツケーキもちゃんと買ってあるじゃんよー。ほら、一方通行も寝転んでないでこっち来るじゃん」

「わーったよ、食べればいいンだろ、食べれば。ところで飲み物はあンだろうな?」

「ちゃんと缶コーヒーも買ってきたじゃん。銘柄はわからなかったから適当に選んだけど……これでよかったじゃん?」

 一方通行は袋から取り出された缶コーヒーに一瞥をくれ、

「――ハッ、いいもン選んでンじゃねェか」

「そりゃよかったじゃん」

「ほらー、一方通行も速く来るー! じゃないとケーキ食べちゃうぞー! とミサカはミサカは、はやる気持ちを抑えながら呼びかけるー!」

「……俺の分食ったら、また頭掴んでやっからな」



 こうして今日も、2人の騒がしくも平和な一日は過ぎていく。

 いずれ引き裂かれるようになるとは露とも知らずに――。



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