とある日の幻想殺し


序 章 狩猟の始まり Hunt


東京西部に存在する『学園都市』。

東京都の三分の一ほどの広さで、総人口は二百三十万人近くという巨大都市だ。有する科学技術は外の世界に比べて数十年も進んでいると言われるほど最先端をぶっち切り、街中でさえも最先端技術が実験、運用と称して稼動している。その為に警備は非常に厳重で、交通の遮断に加え、周囲が高さ五メートル、厚さ三メートルの壁で囲まれている上に、街全体を二機の監視衛星が常に監視している。

しかし、そんな学園都市の人口の八割を占めているのは、実は学生である。そして彼ら学生達はここで、『記憶術』などと称された『脳の開発』を受けている。

『脳の開発』による成果。それはいわゆる『超能力』。

『念動力(テレキネシス)』、『空間移動(テレポート)』、『発火能力(パイロキネシス)』など、世間的にはテレビでネタにされるような物を、学園都市にいる研究者(おとな)達は真剣に研究しているのだ。

そんな物存在するはずは無い――と思われるかも知れないが、実際に『超能力』を使える者達は存在する。

しかし、学園都市で超能力者と呼ばれる人間は、学園都市でもほんの一握りである。学園都市では超能力のレベルは六段階に分けられており、超能力者はレベル5に分類される。そんな超能力者(レベル5)は学園都市内でも七人しか存在しないという稀有な存在なのだ。

最高レベルが七人しかいないということは、当然いくら『脳の開発』をしても超能力を持てない、持ったとしても役立たずな能力の無能力者(レベル0)も存在し、その人数は学生達の六割にも及ぶ。

そんな無能力者達はどんな生活をしているのか?

大半はいつ能力が発現、強化するかも分からないながらも毎日学校に通い、『脳の開発』を受けている。

しかし中には、落ちこぼれたまま不良になってしまう者達も多い。不良になった者はご多聞に漏れず、学校をサボって遊び、縄張り争いでケンカに明け暮れる。

学園都市の一角に存在するとあるゲームセンターもまた、そんな不良達の巣窟となっているのだった――。



学園都市の繁華街が存在する学区。

その中心に位置する大通りは、若者向けのアパレルショップや飲食店が立ち並び、夏休み終盤の今、それぞれの店はターゲット層の若者達で賑わいを見せていた。

しかしひとたび裏通りに入ると、その様相はかなり違ってくる。

ビルに挟まれて日光が差し込みにくく、日中なのに暗く狭い路地。そんな路地に入り口を作る店は立ち入り難い雰囲気を醸し出し、それらの店が出す立て看板は、狭い路地をさらに狭くしていた。そのせいか、ここに人の流れはほとんど無い。

そんな裏路地に存在するゲームセンター『invader』。

店内は必要最小限の照明以外は点けられておらず、灯りは筐体の画面が頼りというほど暗い。そしてけたたましいほどの電子音が店内に響き渡り、タバコの煙と匂いが充満していた。

そんな人の五感を麻痺させるような店内は今、ラフな私服を着、ジャラジャラと音を立てる様々なアクセサリを付けた不良グループに支配されていた。

不良達の一部には思い思いゲームをしている者もいるが、大半は筐体に備え付けられた椅子を占有して雑談に興じている。

本来ならゲームをせずに椅子を使うのは許されない。しかし店員は、彼らがケンカさえせず、いや、自分自身がその煽りを受けさえしなければいいという思いから注意せず、ただ傍観を決め込んでいる。本来なら職務怠慢とも思われる態度だが、不良達の人数と態度を考えると仕方ないとも言える。

そんな誰もが恐れる不良達の今の話題は、さっきもたらされたとあるニュースだった。

「おいおい、一方通行(アクセラレータ)がやられたってマジか?」

「マジもマジ、大マジよ。何でも拳一つでやられたらしいぜ」

「拳一つだあ? 奴にゃどんな物理攻撃も超能力も効かねえんじゃねえのかよ?」

「そのはずだぜ。俺が聞いた話じゃ、拳が当たった瞬間腕の筋肉が断裂して、一ヶ月以上まともに手動かせないようになった奴もいるらしいしな」

「アイツを襲った奴の大半は病院送りだからな。再起不能になってるのもどんだけいるか……」

不良達は自分の持つそれぞれの情報を口々に出し、『一方通行がやられた』という情報の真偽を確かめていく。

しかし、彼らがいくら考えても、その情報がガセという結論に至ってしまう。それほどに一方通行という存在は、この学園都市においては絶対的存在なのだ。



一方通行――。

学園都市最強と謳われる超能力者。一方通行というのは通り名で、本名や経歴は全て不明。特別な研究所で能力開発を受けたという以外は謎である。

通り名の由来は、彼の持つ能力から来ている。

その能力はベクトル変化能力。皮膚上に触れた運動量・熱量・電気量その他あらゆる力のベクトルを自在に変更できる。その力の効果範囲は彼の体の周囲全てである。

ゆえにどんなに強力な砲撃も、どんなに強力な超能力も、彼にダメージを与えることは出来ない。周囲が核兵器で地獄絵図と化していようと、彼は諸々の致死現象を反射して無事に生きていられるという話まであるほどだ。

それほどまでに絶対的な防御。触れることも出来ない無敵の鎧。それこそが彼が持つ『一方通行』という能力であり、彼が『学園都市最強の超能力者』と言われる由縁である。



「――しかしよー。まず、一方通行を倒した奴って誰だ?」

「えっとな……確証は無いんだが、上条とかいうらしい」

「上条……知らねえなー……。そいつ、レベルいくつ何だよ?」

告げられたレベルに、その場の全員が凍りつく。

学園都市最強の超能力者が、何処の誰とも分からない無名の無能力者にやられたというのだ。その驚きは計り知れない。

動きを止め、先程までの喧騒が嘘のように静かになっていた不良達だったが、少しずつ冷静さを取り戻し、ポツポツと言葉を発し始める。

「……なあ。一方通行をそいつが本当にやったかどうかなんて、この際どうでもいいんじゃねえか?」

「……そうだよな。本当かは分からないっていっても、そいつが倒したって噂は、もう流れてるんだよな……」

「手負いの一方通行を襲うってのもありだけど、やっぱアイツはな……」

「ああ。それよか、無能力者の方が何とかなりそうな感じがするよな……」

彼らの意見は、どんどん彼らなりの結論へと集約されていく。

一方通行を倒すことよりも容易く、『学園都市最強』の名誉と地位を手に入れる方法に。

また静寂を取り戻した場で、不良達の中心にいるリーダーと思しき男が、静かに口を開いた。

「――上条当麻を捜せ。そいつを倒して、俺達が学園都市最強になるんだ!」



狭い店内に、不良達の雄叫びが呼応する。

数少ない不良達以外の客は、突然の叫びに何事かと驚き恐れをなしたが、その集団のごく近くにいた少女だけは缶ジュースを二本手にし、平然とその様子を見守っていた。

少女と形容するのが奇妙なほど背の高いその少女は、不良達が叫びを収め、どうやって上条当麻を捜し出し倒すかという相談をし始めたのを横目に見つつ、ある筐体の前へ向かった。

その筐体のゲームは、ドット絵で簡略化された宇宙から迫り来る侵略者を撃退するシューティングゲーム。昔々にゲーセンブームを起こした立役者だ。

とはいえ、今ではレトロゲーと冠されるほど古いゲームであり、ハード性能・システム・グラフィックが強化された今のゲームと比べれば格段に見劣りする。このゲームセンターでは懐かしさからプレイする大人が時折いるぐらいで、若者でこのゲームをする人間はほとんどいない。それでもこの店に置いてあるのは、店長の趣味なのだろう。

しかし、そんな筐体の前には今、一人の少年が座っていた。

少年は小柄な感じで、穴や切り跡が至る所にあるボロボロの長袖の上着とジーンズを着、何故か左手だけに黒いグローブをつけている。

少年は『怖い人』と第一印象を与えがちなツリ目をゲーム画面に集中させ、侵略者を全滅させるのに熱中している。

少女はその少年の後ろに立ち止まり、声をかける。

「――ほーくん。アベシコーラ買って来たよ」

「おう、サンキュー。ちょっと待ってな」

少女に振り向かずに、少年は返事をした。視線はゲーム画面に向けたまま、横に縦に規則的に動くドット絵に合わせて自機を動かし、的確にボタンを押して破壊していく。

そんな少年の素っ気無い態度に怒る様子も見せず、少女は穏やかな笑みを浮かべて、少年の熱中している様を見ていた。

しばらくして、ゲーム画面から侵略者が一掃された。

少年は深く息を吐き、ゲームクリアの快感に浸る。伸びをして萎縮した筋肉を伸ばす少年に、少女は持った缶ジュースを差し出す。

「お疲れさま、ほーくん。記録更新だね」

「ああ。今日も絶好調だ」

ほーくんと呼ばれた少年は缶ジュースを受け取ると、プルトップを開けてジュースを口に含み――盛大に噴き出した。

「がっ! ごほっ、ごほっ、ごほっ……。おい司……」

「何? どうしたの、ほーくん?」

むせながらも、少年はゆっくりとツリ目を司という少女に向ける。しかし、司はそんな様子を全く気にせず、笑顔のまま問い返した。

「何? じゃねーよ。何だこれ。俺はアベシコーラ買って来いって言ったよな?」

うん、と頷く司。少年は頬をひくつかせながら、手に持った缶ジュースを司の眼前に突き出す。

「これアベシコーラのズッキーニ味じゃねーか! どう見てもどう考えてもゲテモノドリンクだろ!」

少年の言う通り、彼が持つ缶ジュースのラベルには『アベシコーラ ズッキーニ』とプリントされていた。ちなみに傍らに印字された売り文句によると『まさかまさかのズッキーニ。世界を先行く味で、罰ゲームに最適!』らしい。もはや商品としてどうなのかという代物で、少年が怒るのも無理は無い。

しかし司はというと、相も変わらず笑顔のままで、

「あれー? 私また間違えちゃったー?」

悪びれず言い、全く謝る気が無い。それを察したのか、少年は恐る恐る尋ねる。

「……司。もしかして、待たしたの怒ってるか?」

「うぅん! 全然怒ってないよ! 舵君が久々に遊びに連れてってくれるって言うから期待してたのに、結局いつも通りこんな所に来たからって怒ってないよ?」

満面の笑顔で否定する司だが、彼女の周囲から立ち上がる黒いオーラに気付かないほど、舵という少年は鈍感では無かった。何といっても、さっきまでほーくんと呼んでいたのが、舵君と他人行儀になっている。

「……あー、悪かった。俺が悪かった。悪かったから勘弁してくれ……」

懇願する舵の姿に満足したのか、司は仕方ないな、と溜め息を一つ入れ、

「謝ってくれたから、許――さない」

「許さないのかよっ!」

即座にツッコミを入れる舵。そんな様子を見て、司はくすくすと声を漏らして笑った。

「う・そ。許すよ。いつものことだしね。でも、出来ればあまり待たしては欲しくないかなー。レディを待たすのはよくないよ?」

「マジで俺が悪かった。お詫びに今度はちゃんとしたとこ行くか」

「本当!? あ、でも待って。さっき面白い話を聞いたよ」

「面白い情報? 何だそれ?」

怪訝そうな表情な浮かべた舵だったが、司からさっきの不良達の会話の内容を聞くと、その顔は一変し、心底おかしそうに笑い出した。

「一方通行がやられただって? ははっ、これは笑い話だ。ガキ向けの絵本並みにファンタジーにあふれたお話だな、おい」

「そ、そうかな?」

「あのな、一方通行は紛れも無く最強だ。攻撃を一切受け付けないんだから、勝てないことはあっても、負けることは無い。しかも奴の場合は無効じゃなくて反射してる。防御イコール攻撃。これで勝てる要因がプラス。そんな化け物相手に勝つことなんて出来ると思うか?」

舵は笑うのを止めない。それだけその情報を信じられないのだろう。彼はしばらく笑っていたが、突然その表情を真剣なものに変えた。

「――それにな。奴は最強じゃないと困るんだよ。そうじゃないと奴と同系統能力を持った俺への評価が下がっちまう」

舵は右手で缶を強く握り締める。すると缶がべっこりとへこみ、中からジュースが流れ出した。舵は気にもしないが、司は慌ててポケットからハンカチを取り出して、彼の手をぬぐう。

「もう、ほーくん。怒ってるのは分かるけど、無意識に能力使っちゃダメだよ」

彼の手にべっとりついたジュースをぬぐいながら、司は舵をたしなめる。

「あ、ああ、悪い。ダメだな、集中すると無意識にやっちまう」

「それじゃ、ただの危ない人だよ。ナイフは鞘があるからこそ持ち歩けるけどさ、抜き身のナイフなんて危なっかしくて懐に入れとけないよ」

「何難しい言いまわししてんだよ」

舵は苦笑しつつコツンと左手で司の頭を叩く。

「あた」

司は痛がる声を上げたものの、相変わらず笑顔だった。手加減というより、舵は全く力を入れずに叩いたので痛く無いのは当然だ。

「それでどうするの? 嘘と決め付けて、何もしないまま?」

ひとしきりぬぐい終わると、司は立ち上がって舵に言った。

「……お前はどう思う?」

しばらくの間舵は腕を組んで考えていたが、結論が出なかったのか、司に意見を聞いた。

「そうだねー。私としては、火の無い所に煙は立たない、かな」

司も口元に指を当ててしばらく悩んでいたが、彼女は彼女なりに結論を出した。

「根拠が無けりゃ噂にもならない、か――。でもよ、一方通行がやられたなんて噂は、流れてもおかしくない気がするけどな。誰だって驚くとびっきりのゴシップだぜ」

「根が無くても花が咲く、だね。確かにその可能性は否定できないけど……。でもさ、もし噂が本当だとしたら、乗り遅れると先に最強の座を取られちゃうよ? ほーくん、嘘だった時の心配してるのかも知れないけど、一方通行に勝ったなんて噂が立つ人だよ? その人を倒しておくのは悪くないんじゃないかな?」

舵は再度考え込む。

確かに、司の言うことは正論なのだ。

司の話では、『一方通行が倒された』という噂は確実に広まっている。本当か嘘かはまだ分からないものの、それでも真実と判断し動いている連中は既に存在する。当然、そこで作戦会議をしている連中もその一部だ。

最強の座というのは動く物だ。最強の人間を倒した人間が現れれば、その座はその人間へと移る。新たに最強になった人間がまた別の人間に倒されれば、その座はまた別の人間に移る。常に最強は一人のみ。それを考えると早く動くことに意味は無い。

かといって、遅いのもよくない。力の大小関係で表せば、一方通行を倒した人物大なり一方通行となるのは、単純に分かる。だが、一方通行を倒した人物を倒した者が必ずしも一方通行より上になるとは限らない。こいつには強いけど、あいつには弱いというように、人や能力には相性がある。だから、その大小関係に加わる人間が増えれば増えるほど、最強の判断は混迷を極め、不確かになってしまう。その相性関係を完全に無視できるほどの存在だったからこそ、一方通行は最強だったのだが……それはさて置き。

一方通行を倒した上条は無能力者らしい。しかし、普通無能力者が超能力者に勝ったなんて噂が立つ訳が無い。根の葉も無い噂でも、少しでも『信じられる要素』が加われば、それだけで真実味を増す。だが今回のような『一方通行が倒された』と『倒したのは無能力者』なんていう有り得ない組み合わせの噂はどうかしている。これらから考えられる結論は一つ。『上条というのはただの無能力者ではないのではないか』。

かなりの間考えていた舵は溜め息を一つ吐くと、司に向き直った。

「……よし。真偽はともかく動こう。とりあえずは情報集めだ。まず噂の真偽。次に上条とかいう奴とその能力について。そして奴の居場所。調べることが一杯だな」

「そうだね。現代は情報戦だからね。城を落とすにはまず外堀を埋めてから、だよ」

「うし、行くぞ」

気合を入れると、舵は椅子から立ち上がり、出口の方へと向かう。司もその後ろに続く。だが、彼の目の前では、不良達がたむろしていて、出口に行くには遠回りするしかなかった。

しかし、舵は真っ直ぐ向かう。不良達なんかいないものとするように。

「あ、ほーくん。前……」

司は声をかけるが、舵は止まらない。そして彼の体が、不良の一人にぶつかった。

「あぁ!? なーにぶつかってくれてんだテメェ!」

ぶつかられた不良が、ねぶるように舵にガンを垂れる。だが、舵はそれに対抗するようにツリ目で睨みつけ、

「邪魔だ、三下。最強を目指す俺にとって、お前らみたいな三下は通行の邪魔なんだよ」

「何だとテメェ!」

舵の言葉にぶち切れた不良が舵の胸倉を掴む。舵は何も言わず、胸倉をつかむ腕を右腕で掴んだ。すると突然、胸倉をつかんでいた腕がボキンと音を立て、あらぬ方向へと折れ曲がった。

「――へ?」

いきなりの出来事に、不良はあらぬ方向を指し示す自分の腕を見て呆気に取られていたが、直後に痛みが来たのか、「ぐああああああああああっ!」と盛大に苦悶の声を上げた。

その声に、周囲の不良達が一人残らず舵と、その後ろでオロオロする司を睨みつけた。

舵は、視線が全部自分達に向いていることを確認すると、すたすたとグループの真ん中で椅子に座っているリーダーらしき男の前に向かい、口を開いた。

「――お前らも上条ってのを倒して最強になろうとしてんだろ? なら、同じ目的を持つ俺とは競争相手って訳だ。邪魔になりそうだし、ここで消えといてくれね?」

突然の申し出に、リーダーと思しき男も呆気に取られていたが、すぐにツバを盛大に飛ばしながら豪快に笑い始めた。

「おいおい坊主。確かに一方通行を倒したとかいう奴は一人だがな、俺達は何人いると思ってんだ? この場だけでも三十人以上だぞ? しかもお前の唯一のお友達は臆病そうなオンナノコときてる。――本当にやる気か?」

「ダラダラ講釈述べずにさっさと来い。言っとくけど、司には手ぇ出すなよ。手ぇ出したら知らねえぞ」

振り向かず後ろ手で司を指差し言い放つ舵。そんな舵の様子に、不良のリーダーは笑いが止まらないようだった。自然に、周りの不良達も笑い出す。

「いっぱしの口を利くじゃねえか。女がそれほど大事か?」

「勘違いするなよ。言っとくけど、お前らより司の方がよっぽど強ぇからな。だから手を出すなって言ってるんだよ?」

「ほ、ほーくん!」

舵の言葉に、司は静止の言葉を上げる。しかし一度言った言葉は戻らない。不良のリーダーからはさすがに笑いが鳴りを潜め、こめかみに青筋を浮かび上がらせていた。

「生意気だなぁ、おい。これ以上はさすがに寛大な俺達も怒らざるを得ない」

怒りながらも冷静に言葉を選ぶ不良のリーダーだったが、舵はその態度を鼻で笑った。

「まどろっこしい奴らだな。不良ってのはもっと分かりやすいんじゃないのか? ムカついたから殴る。欲しいから奪う、じゃねえのかよ?」

「それはドラマや漫画の見過ぎだ。今の状況見る限りじゃ、そのイメージにピッタリなのはお前の方だろ?」

「あ、やっぱそう?」

笑いながら答えた舵に、不良のリーダーも我慢の限界を超えた。急に椅子から立ち上がると、迷うことなく舵へとパンチを繰り出した。

「いいねえいいねえ! 分かりやすいよ!」

舵は歓声を上げる。彼の眼前にはもう、人を殴り慣れたゴツゴツとした拳が迫っている。だが、舵は拳から目を逸らさない。そして、いきなり目を見開いたかと思うと、足を前へと踏み出した。

舵の顔の横を拳が通過する。必殺の拳がかわされて驚愕する不良のリーダー。自分の拳はそんじょそこらの奴なら一撃でノックアウトできる。しかも今回は不意打ちだった。絶対に避けられない。その自信を持った一撃がかわされたのだ。

しかし驚いている暇は無かった。彼が最後に見たのは、舵の獲物を狩る冷徹さと、仕留めの確信を得た歓喜が入り混じった目。

それを見た瞬間、彼の顔面に舵の左拳がぶち込まれ、既に意識が飛んだ。

制御を失った彼の体は、ドサッという音と共にゆっくりと床に倒れ伏す。

倒れたリーダーの前に立ち、舵は左手のグローブを付け直す。その光景を見て、不良達は周りで唖然と立ち尽くす。

そんな彼らを一瞥すると、舵は叫んだ。



「――さあさあ、どんどんかかってこいよ! まだ二十九人もいるんだろ? さっさと終わらせようぜ!」



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