青髪ピアスのとある禁書
――その日は、とても暑い日だった。
暑いだけでなく、熱い。
そんな日だった。
それを耐え抜いて手に入れられる結果は、その人にとって、とてつもないほどの価値を持つ。
――それが、どれだけ人に罵倒されるような物であれ――。
「……おい、これは何だ?」
「何って例の物じゃないですか、お代官様。へっへっへ」
薄暗い一室で顔を突き合わせる、少年が二人。
ツンツン頭の少年、上条はゴクッと息を飲む。額にはじっとりと汗が浮かび、机に置かれた物に目が釘付けになっていた。
置かれている物は、本の山だった。しかし普通の本に比べればサイズが大きく、そして薄い物が大半だった。
上条の様子を小気味良さそうにニヤニヤしながら、青髪ピアスが眺める。
「まあ、カミやんがいらんゆーんやったらええんよー? これは持って帰るし〜」
青髪ピアスは机に置かれた物をサッと取り上げようと手を動かし――、上条にガシッと腕を掴まれた。
「ま、待て。これだけ見せ付けておいてその仕打ちは無いだろう……」
「答えに迷ってる暇はねえよ、カミやん。お前がいらなくても、他にこれを欲しい奴はぎょーさんいるんやから」
眉間に皺を寄せ、上条は唸るような声を上げて悩む。
確かに目の前の物は魅力的だ。ちょっと前の彼なら、迷わず受け取っていただろう。
しかし彼の家には今、居候がいる。
突然空から降ってきてベランダにぶら下がっていたかと思うと、人様に『頭おかしいんじゃないの?』と言われてしまうようなことを経て、ちゃっかり自分の家にいついているシスター。
彼女に見つかれば何と言われるか……いや、どれだけ噛みつかれるか分かったもんじゃない。
知識は多少持っているようだが、やはり外見通りの年のせいか、こういう物を見ると関心は示すものの、すぐに暴走して捨てようとする。
その為上条は、秘蔵のコレクションを絶対に見つからないよう、家のとあるスペースに隠したり、友人に預けたりと様々な策を労しているのだ。
――果たして、無事に家に持って帰れるのか?
――果たして、無事に家でゆっくりと読めるのか?
上条は自問する。
「おいおいカミやん。さっすがに結論出してくれやー。次の奴……っつうか土御門が待っとるんや」
頭を抱えて悩み続ける上条に焦れた青髪ピアスは、最終決断を促す。
その言葉に、上条の頭は学校の勉強以上にフル回転していた。どうすれば無事に持って帰れるか。家までのルート。家までの輸送手段。家についてから何処に隠すか。ベッドの下、リビング、風呂場、台所――。いつ、どうやってゆっくり読むか。
そして――、
「うしっ! ありがたくいただこう!!」
「毎度あり〜」
青髪ピアスの両手をがっしりと掴んで、上条は叫んだ。それを見て青髪ピアスは細い目を弓なりにし、笑みを作る。
「友人のよしみやし、手数料は安くしとくわ。で、どれにすんの?」
上条は積まれた本を順に表紙だけチャッチャと確認し、好みに合った物をどんどん取り出していく。1冊、また1冊――そして、最終的には10冊ほどになった。
青髪ピアスは取り出された本を確認しながら電卓叩き、結果を上条に見せる。
「うん、しめてこんなもんやね。しっかしお財布は大丈夫かい?」
「うっ、それを言われると辛いが……まあ少々は大丈夫。……多分……」
財布の中身を確認して上条は一瞬表情を暗くしたが、取り繕うように笑顔を浮かべる。
「ま、まあ、ホンマにヤバイんやったら、いらんもん買い取ったるし、そん時ゃ言ってな。それにしても――」
「それにしても?」
「カミやんも結構、偏った趣味してるよな〜……」
上条は、とりあえず青髪ピアスを一発殴っておいた。
「ふー……。何とか持って帰ってこれたな」
厳重な警戒態勢で帰って来たせいか、さすがに疲れた上条は大きく安堵の溜め息をついた。
しかし、まだゆっくりできない。帰って来たと言っても、まだドアの前。これからが本番なのだ。
インデックスは基本的に1人で出かけようとしない。となると、家に帰ると必然的にインデックスが自分を出迎える。
シチュエーション的には何とも美味しい話ではあるのだが、今の彼の状況では全く逆。都合が悪過ぎる。
「さてさてどーしたものか……」
ドアの前で思案していると、ふと金属製の物をバシバシ叩く音が聞こえて来た。音のする方を見てみると、一見すればドラム缶のような掃除ロボに乗った土御門舞夏がこっちに向かって来ていた。
上条に気付いた舞夏は、そのままこっちに向かって来て、上条の前でロボを止めた。
「こんにちは、おにいちゃん。今帰りですか?」
「こんちは。今帰ったとこさ」
「そうなんですか。そーいや、匿ってたシスターさんどこ行ったんですか?」
「え? インデックスどっか行ってるのか?」
突然の舞夏の言葉に、上条は呆気に取られる。
「いや、さっきまでここ掃除してたんすけど、シスターさんが突然飛び出してきて、どっか行っちゃったんですよー。ただ単にどっかにお出かけしただけですかねー?」
「うっそ、マジで!? ヤッホー! これで気兼ねなく帰れるぜ! ありがとう神様ー!! ほんじゃーねー!」
インデックスがいない。
上条はその天からの幸運に喜び勇んで、舞夏への挨拶もそぞろに家に駆け込んだ。
「え、あ、でもですねー。何かお家があまりにも空気がおかしいと言うかー……。まあ、いいか。かえろー。今日も疲れたですー」
上条が目覚めるとそこは、異界だった――何てことはなく、自分の家だった。
ただ視界が歪んで自分の家と認識するのに手間取ったし、何といっても鼻がひん曲がったかのように痛む。
インデックスがいないと聞いて、嬉々としながら家に入ったまではよかった。いや、家に入ったのがまず間違いだった。
家に入った瞬間に襲ってきたのは、強烈な匂いと煙。
それを大量に吸い込んでしまった上条は、瞬く間に倒れてしまったのだ。
そして、今。
曖昧な意識の中で何とか頭を整理し、体を動かす。
「全く、何なんだよ、一体……」
匂いも煙もまだ残っているが、さほどではない。反応が鈍い体を動かし、リビングに入る。リビングに入ると、窓が開けっ放しになっていた。
煙はこっから出て行ったのか、と納得していると、ふと足下に異物を発見した。
緑色をした円柱の筒。蓋らしき上部には、多数の穴が開いていた。どう見ても、これが煙の原因だろう。何といっても、
『新開発殺虫 マトメテコローリ』『うざいGやペットのダニノミだけでなく、地球に巣食う害虫・害獣全てを一網打尽!!』
「何なんだよ、このヤッバイ宣伝文句……。地球に巣食う害獣とか言ったら、人間も入――ああ、だからか……」
俺生きててよかったーと感慨に耽りながら、上条はそれをとりあえずゴミ箱に捨てた。すぐに袋に縛って『触るなキケン!』と書いて置く。
「――さて。どう考えても、これをやったのは――」
犯人の目星をつけていると、キィ、とドアがゆっくり開く音が聞こえた。ついで小声で喋る声が聞こえた。
「あ、もう収まってるみたい。よかったー、とうまが帰ってくる前に収まって――――あ」
犯人のシスターは喋りながらリビングに入って来て、目の前に家主がいることに気付いた。
「……え……あ……あはははははは。とうま、おかえりー」
「おかえり、で済むか――!」
朗らかに笑って流そうとしたインデックスだったが、さすがの上条にも我慢がならず、とりあえず叫んでおくことにした。
「――で? 何やったんだよ?」
「えっとね、スフィンクスにノミがまたついてたから、取ってあげてたの。でも面倒くさくなったし、取ったのが部屋中に逃げちゃったから、もう一網打尽にしちゃおうと思って殺虫剤を……」
上条はインデックスを正座させ、事の次第を詰問する。インデックスはシュンとうな垂れながら、淡々と事情を説明する。
「……あのな。それならそれでノミ取り用のペットグッズ使えばいーだろ。何で未だに手取りしてるんだよ。つか、逃がすな。んで? こんな殺虫――じゃない、殺人剤どこで手に入れたんだ?」
「街を歩いてたら、試供品だってくれた」
そこだけは悪びれずに答えるインデックス。こんな危ねえ物配るなよ、と呆れながら、上条は質問を続ける。
「で、殺虫剤使って、煙が大量に出たんだな。で、匂いとかもやばかったから逃げた、と」
「に、逃げただけじゃないよ!? ちゃんと対策として、頑張って窓だけは開けといたもん!」
「もしモクモクと出る煙で火事だって騒がれてたらどーすんだよ……。あのなー、確かにこいつはやばいもんだけど、こいつは人のいない締め切った部屋で使うもんなの。分かったか?」
「うん、分かった……」
一層うな垂れるインデックス。今回はさすがに反省しているようで、その落ち込み具合は半端ないようだ。
「はあ……。まあ今回は被害が俺だけで済んだからよかったもんだし。ま、今度使う時は気をつけろよ」
「う、うん!」
インデックスは素直に頷いた。いつもこれならまだ可愛げがあるんだけどなー、と上条が思っていたその時、既に立ち直っていたインデックスがとある物に目を付けていた。
「ねー、とうまー、これ何ー?」
上条の意識が一気に現実に引き戻される。
――ダメだ。アレに触れさせてはいけない。止めなければ!
「インデックス、それは触っちゃ――」
上条の必死の言葉が紡がれることは無かった。インデックスの毒牙はもうアレにかかっていたのだ。飛び込んで奪い返すにももう遅い。
彼女は袋から例の物を取り出し、表紙を眺めていた。
「んー? 何か女の子の絵が載っててタイトルが。漫画? でも漫画にしてはサイズはともかくとして、薄いよーな?」
「ダメだインデックス! 表紙まで! 表紙までで! 中身は――!」
静止も聞かず、インデックスはページをめくる。
――そして、時は止まる。
ページをめくったインデックスは一瞬の内にその顔を真っ赤にして――止まった。頭から湯気が出ているようにも思える。
BGMを流すとすれば、木魚のポクポクという間抜けなリズムが最適。
そして、再び動き出したかと思うと、感情を抑えるようにわなわなと震えている。
上条にはもうどうしようも出来ない。ただ見守るだけ。逃げる、という選択肢もあっただろうが、こういう修羅場に限ってそんな選択肢が出ないのが主人公としての彼の不幸である。
「とおおおおおおおおおおおおおまあああああああああああああああああっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ギャアアアアアアアアアア―――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!」
叫びと共に、肉食獣は獲物に襲い掛かった――。
薄暗い部屋に唯一の明かりを注ぐ小窓。今はブラインドがかかげられているものの、隙間から光が差し込んでいる。
外から聞こえた叫び声に気付いた土御門と青髪ピアスは、外が見えもしない窓を向いた。
「なんだにゃー? どっかで獣が吼えたのかにゃー?」
「あ? どっかの研究所で実験生物でも逃げ出したんか?」
「ま、そんなことはどーでもいいんだぜい。それよりもこっちこっちー」
「そうやな。さっさと決めてくれよ。まだ後に予定があるし」
「オーケーオーケー。しっかしお前も頑張るにゃー。わざわざコ○ケで同人誌買う為に糞めんどくさい外出許可取るにゃんて」
「ふふん。そこは一種のコネとかあるんよ。今頃はカミやんもお楽しみころやねー」
「ま、カミやんはフラグ立てるだけ立てて後が続かないみたいだからにゃー。色々溜まってるんだろうにゃー。あ、これいいぜい」
「お、いいとこに目付けるじゃん。それ今年初参加やけど、即完売してたツワモノ」
さっきの叫び声がその上条の物とも知らず、二人は机の上の同人誌をネタに話を続ける。
と、突然、部屋の扉が開き、外の明かりが部屋に入り込む。
「おにいちゃーん。ここにいるって聞いたんですけど――――」
「ま、舞夏ッ!?」
いきなり現れた舞夏に驚いた土御門は、持っていた同人誌を床に落とす。
落ちて開かれたページには、ここでは書けないような、卑猥な描写が描かれていた。
当然それは、上条の物も、机に残っている物も全て同じである――。